ナッセント・ステーツ(nascent state)



朝永振一郎という科学者のことばのなかに、「――本を読むのもいいが、なるべく原論文を読みなさい。そこにはナッセント・ステーツの理論がある」というのを思い出した。

自分は、よく考えてみれば、いつもナッセント・ステーツ(nascent state)というものを考えてきたらしい。これは「発生期の状態」という意味である。アインシュタインは、どのようにしてE=mc²という方程式にたどり着いたか、それを知ること、――つまりナッセント・ステーツを知ることが大事なのである。

すでにできあがっているものを、読者に理解しやすいように説明されている教科書からは、ここでいうナッセント・ステーツは分からない。

彼がどういうときに、どのようにして発見にたどり着いたかを知ること、それが大事である。業績の結果だけでなく、発見への冒険、そのプロセスにこそ、人をわくわくさせる興味がある。そういうことを考えていたら、朝永振一郎の本を、もう一度読みたくなった。

本屋に出向いたが、なかった。図書館に行きたくなった。

――科学サイエンスというのは、いったい何だろう? そういうことをつらつら考えた。サイエンス(science)の語源は、ラテン語の「サイエンティア(scientia)」からきている。意味は「知識・原理」で、「分ける(scindere)」ことに関係しているらしい。

日本語もおなじだ。「分かる」は、「分ける」、「分かつ」と関係している。

英語も日本語も、おなじなのである。科学において、「分かる」というのは、対象となる自然現象を分けながら理解すること、といえる。

「ここまでは分かるが、ここから先は分からない」というふうに、一線を引いて、少しずつ分かる部分を増やしていくのが科学研究である。分けたものを、分析し、分類し、複雑なものを単純化して、整理する。これもまた科学である。スウェーデンの生物学者リンネの考案した生物学の分類は、属名と種名であらわす「2名法」というものを確立した。

そのうちに、分かるものよりも、分からないもののほうがたくさんあることに気づく。分からないということを、知ることである。――自分は幼いころに見た蝶々の羽は、なぜあのように美しいのか、と思った。羽には鱗粉(りんぷんがあり、触ると指に鱗粉が付着する。この鱗粉というのは、いったい何だろう? 

そういうことを考えた。

この「なぜだろう」という疑問が、科学なのだと思った。科学というのは、ひと口にいえば、自然法則の解明ということに尽きるだろう。この「分かる」という深い積み重ねが大事なのだと考える。たんに知ることじゃない。たんなる知識じゃない。分かるということである。分かるためには、考えることが大事なのだと思う。この「考える」という行為がなかなかできない。

分子生物学者のJ・モノーは、「偶然と必然」という本のなかで、こんなことをいっている。


科学的方法の基礎は、自然が客観的な存在であるという原則にある。つまり、諸現象を目的因、いわば「創造主の計画」から解釈することで、真実の認識に到達できるという考えを徹頭徹尾、否定しようということなのだ。


これは、ひじょうに明快なメッセージである。

「高いところにある餌を食べるために、キリンの首は長くなった」というような、目的因から解釈するのは、非科学的だというのである。

 そのとおりである。高いところにある餌を食べたいと思った動物は、キリン以外にもいる。しかし、彼らはキリンのように首が長くならなかった。ラマルクの進化論、――キリン説は、まやかしだった。ラマルクはフランスの博物学者で、彼は、動物の脊椎の有無によって2つに大別し、無脊椎動物の分類体系を確立した点で、高く評価された。非科学的な説は、検証も反証もできないので、それを受け入れるためには、無条件に信じるしかない。神の存在? ――これは、検証も反証もできない。したがって科学的ではない。

 「すべてのカラスは黒い」という説は、1羽でも白いカラスを見つければ反証できるので、科学的である。しかし、お化けが存在することは、検証も反証もできないので、その存在を信じることは非科学的である。

自分はいま68歳だが、こういうことをもっと勉強したい。偉大な科学者も、日々勉強しているのだ。

ある晩餐会で、アインシュタインは、18歳の少女のとなりに座った。会話は停滞しがちで、そのうちこの女性は、そばにいるアインシュタインにたずねた。

「あなたのほんとうのお仕事は、何ですか?」

「わたしは物理学の勉強をしています」と、アインシュタインは答えた。

「そのお年になって、まだ物理学を勉強していらっしゃるんですって?」と、彼女は目を丸くしていった。

「あたしは1年以上まえに、すませましたわ」

たいていの人は、勉強というのは、学校でするものと思っているようだ。

そのときの、気の毒そうに彼を見つめる少女の顔が目に浮かぶ。


3時すぎ、Mさんがあらわれた。

「何を読んでいるんですか?」ときく。

「フェルマーの最終定理ですよ」

「なんだい、そりゃあ!」

そのとき、自分は2001年10月に自分が書いた「続ピュタゴラスの失敗」の原稿を読んでいた。ちょうど計算式のページを読んでいるところだった。

演算方法には、足し算、引き算、掛け算、割り算、モジュラー形式の5つがある。最後のモジュラー形式は、大学の数学科を専攻しなければ教わらない。「1+1=1」という数学である。

「そんな、わけの分からない数学があるんですかい! 聞いたこともない」と彼はいう。タイルの目地は1だが、隣りのタイルの目地も1。1と1を足すと2になる。しかし、じっさいにはタイルとタイルのあいだにある目地の線は、1本しかない。つまり、1+1=1ということになる。そういう話をした。

「もっとむずかしいのは、谷山豊が発表した《数字には遺伝子がある》という説ですよ。分かりますか?」

「分かるわけ、ないでしょうに!」と彼はいう。

きょうは、事務所の仕事を早く切り上げた。

「チャングムの誓い」のビデオをまわした。

このドラマは、おもしろい。なぜおもしろいのか、それを考えた。――面白いから観たのではなくて、なぜおもしろいか、それを知るために観直したのである。そうこうするうちに、75歳のHママがやってきた。そのときヨーコは、ママからいただいた花柄のシャツを着ていた。ママは、その上に着る、アンサンブルの対ついになったジャケットを手に持っていた。ヨーコにそれをプレゼントするという。

ヨーコは喜んだ。さっそく着てみた。よく似合う。――通常のアンサンブルは、スカートとブラウスの組み合わせか、あるいは、ワンピースとジャケットの組み合わせが一般的だろう。シャツとジャケットの組み合わせのときは、下は無地のスカートか、ニット系のジャガード素材を使ったパンツがいい雰囲気を出すだろう。

「これを着るときは、シャツは、スカートのなかに入れるといいわよ」とママはいう。

ママは、とてもいいアドバイスをした。色合いが、ドガの絵のようにパステル調の絵柄になっているので、これを着ると、ぱっと華やいだ明るさが強調される。ヨーコにはぴったりだ。

ドレッシーなシャツとは違い、カジュアルっぽい感じだが、その上にいただいたジャケットを着込むと、よりフォーマルになる。フォーマルというのは、少しかしこまった感じをいう。ジャケットの基本は、ディナー・ジャケットである。晩餐のときに着るジャケットを意味する。

それを着て晩餐に行けるようならば、文句なくいい。

男性の場合は、メス・ジャケットと呼ばれる。「メス(mess)」というのは、「食事」という意味である。かんたんにいえば、燕尾服のシッポをちょん切ったようなかたちである。それをメス・ジャケットといい、長いあいだ、これを「タキシード」と翻訳されている。これは間違いである。――欧米の社交界に登場するメス・ジャケットは、ブルーが多い。転じて、「ブルー・ジャケット」ということばが生まれた。

ブルー・ジャケットというのは、あくまで晩餐用の洋服を指す。友人の服飾評論家、出石尚三さんに教わった話である。

ママは、ワインを飲んで、ヨーコとおしゃべりをした。

ヨーコはママをもてなした。自分は「チャングムの誓い」を観ていた。この部屋は、ママの声がけっこう響き、「チャングム」の音声が掻き消された。深夜の1時半ごろ、リビングルームで眠っていたところをヨーコに起こされた。「チャングム」は、すでに終わっていた。あとは、もう記憶がない。

先日来、思い出している朝永振一郎さんのことを、ふたたび思い出した。この人から教わったことは、研究者の心得というようなものだった。


ふしぎだと思うこと

   これが科学の芽です

よく観察してたしかめ

そして考えること

   これが科学の茎です

そうして最後になぞがとける

   これが科学の花です


この「考えること」が、大事だと思う。

朝永振一郎さんは、こういった。彼は量子電気力学の基礎を築いた素粒子物理学の発展に寄与した理論物理学者である。

東京に生まれ、京都で学生時代を過ごした。中間子の存在を予言した日本人初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹さんよりも1年だけ年上だが、京都大学時代は、同級だった。朝永振一郎さんは、「くみこみ理論」を完成させて、ノーベル賞を受賞した。量子力学では、電子それ自体がつくりだすエネルギーを計算すると、無限大になってしまうという難問があったが、彼は、その無限大を電子の質量に「くみこん」で、それを実験で得られた電子の質量に置き換えてやれば、無限大がうまく消えるということに気づいた。

その完成度は、高く評価された。たとえば、電子の磁気モメント(ある点のまわりに運動を引き起こす能力)の実測値が1.00115965221であるとき、その理論値は、1.00115965246となった。この数値の最後の2桁の違いは、ニューヨークとロサンゼルス間の距離にたいして、髪の毛1本ほどの太さの違いである。これは「QED理論」と略されているが、数学で使われる「証明の終わり(ラテン語でquantum erat demonstrandum)」という意味の略号とおなじである。つまり、QEDは、究極の理論というわけである。

朝永振一郎さんには、おもしろい本がある。なかでも、「光子(こうしの裁判――ある日の夢――」と題された本は、軽妙洒脱な物理学入門書になっていて、とてもおもしろかったのを覚えている。中身はすっかり忘れた。先年、1906年に生まれた朝永振一郎さんは、生誕100年にあたり、「朝永振一郎著作集」(全12巻・別巻3巻、みすず書房)が出て話題になった。

のちに朝永振一郎さんは東京教育大学(現・筑波大学)の学長になられたが、1965年、自分が大学生のとき、ノーベル賞を受けた。朝永振一郎さんは、酒豪で、酔っ払ったまま風呂に入り、そこで転倒して肋骨ろっこつを折り、ストックホルムでのノーベル賞授賞式に行けなかった。彼はのちに、随筆でこんなことを書いている。

「ノーベル賞をもらうのは、骨が折れる」と(亀淵迪「朝永先生とユーモア」より)。

――朝永振一郎さんの文章は、ともかくおもしろかった。「ふしぎだ」と思うこと、それをとても大切にしておられた。科学者の持つべきセンス(感性)を学んだように思う。

センスは何もファッションにかぎらない。

                       ♪

これは、現在の脳科学や心理学でも、まったく分かっていない奥深い感覚である。ふしぎのメカニズムは、人間の創造性を解明する上で重要な鍵になるだろう。――美にたいする感覚が、より美しいものに接して、より磨かれていくように、ふしぎと思う感性もまた、ふしぎなものに接することによって、より深まっていくだろう。

そのはじまりは、ニュートンだったと思う。ニュートンは、こんなことを書いている。

「わたし自身についていえば、浜辺で遊び、並外れてなめらかな小石や、美しい貝を見つけては、気晴らしをする子供だったと思う。ところが、未知の大海は、まったく未発見のまま、わたしの目のまえに広がっているのである」と。この文章は、いま、はっきり覚えていないが、このような文脈だったと思う。ニュートンが亡くなる数年まえの話だったように思う。「未知の大海」ということばで覚えている。自分の目のまえには、未知の大海が広がっていると、いつも思う。

彼は幼くして母親と別れ、母親恋しさに、浜辺でふてくされて遊んでいたときの情景なのかも知れない。母を奪った義理の父を恨んだことだろう。義理の父のことを、「殺してやる! 殺してやる!」という呪いのことばが、少年のノートいっぱいに書かれている。ニュートンにとって、大海は、唯一のなぐさめの場であった。

山を愛する人には、宗教家が多い。哲学は山と結びつく。海を愛する人には、詩人が多い。海は、果てしないものに駆り立て、想像の産物となる。ニュートンは科学者であったが、ある面では詩人でもあったのだろう。ニュートンは、造幣局の要人としての生涯を送ったが、彼は年老いても、少年のころの気持ちを大事にした。未知の大海は、子供でも、大人でも、ふしぎな驚きに満ちあふれている。

午後から、ちょっと散歩した。家の裏庭で、大汗をかいて剪定バサミで枝切りをしている人に出会った。枝を小さく切って、袋に入れている。――そうやって、土の上で格闘すると、気分がひじょうにいいらしい。ひじょうにいい状態というのは、ひらめきがつぎつぎに湧いてくる。ニュートンの万有引力発見の状態は、こういう状態だったと思われる。

りんご園にあるりんごを見ていたら、1個のりんごが地に落ちた。

なんていうこともない、ありふれた情景である。ところが、ニュートンにとっては違った。ニュートンは、月のことを考えていた。――月はなぜ、地球のまわりをまわっているのだろう。単純な自問だった。ひょっとしたら、月もりんごとおなじように地球に向かって落ちているのではないだろうか? そう考えた。地球のまわりを「まわる」というのは、落ちつづけているのではないかと彼は思った。そして、確信した。

これが万有引力の発見になった。

ニュートンのひらめきは、ちょっと見れば、かなりいい加減なところがある。この「いい加減」さは、科学者にはつきものだ。そこが凡人とは違うのだ。研究にかぎらず、むかしから「運・鈍(どん・根(こん」が大事だといわれている。科学者の伝記を読むと、この「運・鈍・根」が飛びぬけて大きな力になっていることが分かる。運は、どうしても必要なものだ。運がないばかりに、発見へのあと1歩が踏み出せない。そういうことがある。

「根」というのは根性のことで、粘り強くがんばることである。分かりにくいのが「鈍」だ。科学者に「鈍」が必要だというのは、ちょっとおもしろいかも知れない。なぜ「鈍」があると成功につながるのだろう? 渡辺淳一さんは、先ごろ「鈍感力」という本を出した。論点は、あれに似ているかも知れない。

M・デルデリュックという分子生物学者は、「限定的いい加減さの原理」が発見には必要だといった。

予想外のことが、ちょっとだけ起きるような、適度な「いい加減さ」が大切だというのである。このように、少しだけ鈍く抜けていることが成功につながるという。まず、先があまり見えないほうがよいという。――頭がよくて先の予想がつきすぎると、結果のつまらなさや、苦労のほうが逆に見え、なかなか踏み出しにくくなる。頑固一徹。――多方面に才能ゆたかな人より、一芸に秀でる人のほうが、発見につながりやすいという。「鈍」のなかの「頑固一徹」をいうらしい。

まわりに流されない。――そりゃあそうだろうと思う。

牛歩や道草をいとわない。――ときどきのんびり、時間を気にせず、人と違うことをやる。その他いろいろ書いてあったが、忘れた。おもしろいのは、この「鈍」についての話だったように思う。頭のいい人は、足の早い旅人のようなものだろう。人より先に、人のまだ行ったこともないところへ行き着くことができるかわりに、ちょっとしたわき道にある肝心なものを見落とす。ユークリッドは「幾何学に王道なし」といったが、そのとおりである。王道と思っていた道よりも、わき道のほうに真実が転がっていることがある。

自分は頭がよくて、利口だと思う人は、先生にはなれても科学者には向かない。大自然と向き合うとき、自分はおろかで、何も知らないと思ったほうが、素直に自然と向き合える。ただただ雄大な自然、遠大な宇宙の教えにこころを傾けるとき、科学者としての発見ができる。

しかし、それでも、たんに愚鈍ではダメだ。ちゃんと観察し、分析し、推理する用意周到な準備が要る。科学者というのは、頭がにぶい面と、ずば抜けた直観力を持っていなければならないようだ。アインシュタインは、最後の最後になっても、自分の説にひとつの確信も持たなかった。

「確固たるものであろうと自分で確信するような考えはひとつもなく、そもそも正しい方向に進んでいるのかさえ、わたしには定かでない」といった。

そういう意味では、科学は、完成のない芸術といえるかも知れない。だからこそ魅せられるのだ。