■現代素粒子物理学。――
西尾幹二氏とニュートリノ振動の2025年
西尾幹二全集刊行記念講演「スペイン、オランダ、イギリス、フランス、ロシアは地球をどのように寇掠したか」。2013・07・23。
今年2026年の正月は「お元気なのだろうか」、とおもってしまう。だがなぜいま、「ガリレオ=デカルト論」なのだろうとおもってしまった。この世におられた西尾幹二さんとは、現代文化会議の席で、幾度かお目にかかって以来、ちょっと年月がたってしまったが、彼のブログ記事をときおり拝見し、お元気なごようすに、ほっとしていた。
ヨーコとの待ち合わせは、日本橋の高島屋の入口だったので、時計を見ながらゆっくり歩いていった。
その日は日曜日とあって、日本橋を歩く人はまばらで、なんとなく閑散として見えた。
日本橋といえば、夏目漱石の小説によく出てくる。また、その裏手には「漱石名作の舞台」と彫られた漱石の碑がある。
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ぼくはいつも散歩をして、何か考えている。その日も何か考えて歩いていた。コーヒーを飲みながらでも、ぼくはよくひとり考え事をする。そこにノートがあれば何か書く。何も書かなくても、何かを記憶する。
午後1時をすぎた。
たとえば、西尾幹二さんは、グリニッジ天文台について書かれたりする。
ロンドン郊外のグリニッジを標準に子午線を設定したのは科学的な理由からではない。西尾幹二さんのいわれるように、あきらかに世界の支配権をめぐる政治的な駆け引きから設定されたのである。ベルリンがグリニッジ標準時を認めたのは1916年のことである。西尾幹二さんの説では「地球の表面に先にラインを引いたほうが勝ちで、人類はイギリスがかぶせた網の中に閉じ込められた」といっている。
そのとおりだろうとおもう。そのころのイギリスは、文字通り大国であった。それが歴史なのである。
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梶田隆章氏ご夫妻。――2015年12月10日、ストックホルムのコンサートホールでノーベル賞授賞式がおこなわれ、スウェーデンのカール16世グスタフ国王から物理学賞のメダルと賞状を授与された。
かつてのガリレオ=デカルトの二元論は、いまでは否定されているけれど、じっさいには、現代の自然科学はガリレオ=デカルトの仮設にそって発展をとげている。しかも、自然の数量的、幾何学的、運動学的要因に分解し、観察し、定式化する高度化と緻密化へのエネルギーは、依然としてとどまるところを知らないようだ。
物質をめぐる数量化は、ガリレオ=デカルトの二元論にはじまるものの、その後、バークレイ、ヒューム、カントらによって懐疑的にとらえられ、ついには否定されるにいたった。
だが、ガリレオ=デカルトの「自然の数学化」は、自然科学の方法として、いまでも盛んにおこなわれている。色、味、匂い、手触りなどといった性質でさえも、主観のなかに閉じ込めようとしている。
これは仏教でいう唯識論の域を出ない話かもしれないぞ、とおもう。
西尾幹二氏はその話をしてされている。
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宗教と科学は、正反対の方向を向いて動いてきた。
カミナリは、神の怒号であり、避雷針で避けることは神への信仰のさまたげになるといった。ヴェネチアの聖マルコ寺院に避雷針をすえることは、「まかりならん」というわけである。
ベンジャミン・フランクリンは、カミナリの電気的本質を明らかにし、「電気」というものを文明の利器に利用した。
16、17世紀の天体研究者たちは反宗教的なものではなかった。彼らの科学は、中世の神学を母体にしてきた。コペルニクスは、太陽は宇宙の灯火であるといった。それはケプラーの天体観測によって、それを補正した。
ニュートンは地上と天体の力学の解明にともない、宇宙は一定の法則によって動く偉大な機械であると考えるようになった。
そして2015年、日本の物理学者は、素粒子ニュートリノの発見で、標準理論を超える新たな地平を切り開くことになった。ニュートリノは質量がゼロとうたわれていたが、「ニュートリノ振動」の発見で、ニュートリノには質量があることがわかったというもの。
1983年、岐阜県神岡町にある神岡鉱山の地下1000メートルの場所に、小柴昌俊博士が考案した素粒子観測装置「カミオカンデ」がつくられた。その装置で、マゼラン星雲からやってきた超新星ニュートリノをつかまえることに成功した。ニュートリノがもたらすチェレンコフ光を検出することに成功したのである。
それで、小柴昌俊博士は、2002年にノーベル物理学賞に輝いた。天体物理学の分野に新たな扉を開いた。
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1987年2月23日、約16万光年離れた大マゼラン星雲で超新星爆発がおきた。カミオカンデは世界ではじめて超新星から飛来した11個のニュートリノを検出した。理論では予測されてはいたが、超新星ニュートリノが観測されたのははじめてだった。
その後、陽子崩壊とニュートリノの謎に挑む「スーパーカミオカンデ」がつくられた。陽子崩壊の瞬間をとらえることができれば、素粒子物理学のなかで多くの謎が残る「大統一理論」の新たな検証となる。
それと、もうひとつの目的は、ニュートリノ自体の観測だった。
スーパーカミオカンデは、ニュートリノや陽子崩壊で発生するチェレンコフ光をとらえることで、ニュートリノ反応や陽子崩壊を観測することができる。地下深くにもうけられたのは、宇宙線や電波などの観測の障害になるものを地中に吸収させるためである。スーパーカミオカンデの水槽は、内水槽と外水槽それぞれ容量は3万2000トンと1万8000トン。そのなかには、内水槽には1万1100本、外水槽には1900本の光電子増倍管が取り付けられている。
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ニュートリノ振動。――カミオカンデでは、ミューニュートリノが、タウニュートリノに変身する《ニュートリノ振動》現象は、すぐには判断できなかった。
観測データを検証してすぐには判断ができなかったが、それがおきることは知られていた。中川昌美、坂田昌一、牧二郎、ブルーノ・ポンテコルボなど先駆的な研究で、それがおきることはよく知られていた。約10年間はデータ解析に費やされ、その結果、ニュートリノ振動がじっさいに起きていることがわかったというもの。
ニュートリノは圧倒的に軽く、当初はそれが問題だった。
ニュートリノ振動で、ニュートリノには質量があることがわかったわけだが、「特殊相対性理論」では、物体が速く動くと、物体とともに動いている時間はゆっくりとすすむ。どんどんスピードをあげて光速に近づいていくと、時計はほとんど進まなくなる。
ニュートリノが途中で変化したということは、途中で時間がすすんだということを意味している。その速さは光速ではないということ。
光速で飛べるのは質量がないばあいであって、もしも質量があれば、光速で飛ぶことはできない。
このようにして、ニュートリノは、「反物質の謎」にせまる鍵をにぎっていることがわかった。
ビッグバン宇宙は、その後冷えていき、現在の宇宙になった。ビッグバンのひじょうに熱い宇宙の初期の段階では、どう考えても物質と反物資が同じ数だけつくられたとおもわれる。
それがだんだん冷えていく過程で、どこかで物質の《素》だけが残らないといけないのだが、それにニュートリノが深くかかわっているのではないか、といわれている。物質と反物質の数が合わないのだ。――梶田隆章博士の考えでは、そのように説明されている。数が合わないために、物質世界ができた。
こうして、変身するニュートリノの発見で、梶田隆章博士は2015年、ノーベル物理学賞を受賞した。
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「ハイパーカミオカンデ」の構想は、こうした日本の物理学者たちの功績を一段とすすめる画期的な構想で、2027年の実験開始に向けて大きく動きはじめた。その装置は、地上634メートルの東京スカイツリーが、地表からさかさまに地下に向かって伸びているようなイメージをおもい浮かべてしまう。
その地下の先端は、東京ドームに匹敵する巨大な堆積を誇る水槽でできており、2015年、この構想に向けて、計13か国の国際研究グループが結成された。スーパーカミオカンデが5万トンの水槽であるのにたいして、ハイパーカミオカンデは、100万トン。
その内壁には直径50センチの高感度センサーが10万個取り付けられる。この高感度センサーは、微弱なチェレンコフ光を、さらに強力なセンサーでとらえようという装置である。
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「産業利益ではなく、人類の知識のために」というのが、小柴昌俊博士の考えである。日本の素粒子物理学は、小柴昌俊博士のいう路線をまっすぐに突き進んでいる。その構想の母体は朝永振一郎博士との交流から生まれたものだろう。日本のニュートリノ研究の系譜はいま、若い研究者に引き継がれた。
ヒッグス粒子による質量獲得というアイデアの元は、南部陽一郎博士だった。2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士は、ヒッグス粒子によって素粒子が質量を獲得するメカニズム、――「対称性の自発的やぶれ」を考えだされたことで知られている。「CP対称性のやぶれ」のCは、Charge(電荷)の頭文字で、Pは、Parity(鏡映)の頭文字である。
今後は、ニュートリノは、望遠鏡としても期待されている。星のウラ側や、星の真ん中は知ることができなかったが、星のなかを飛んで行けるニュートリノを使えば、なんでも見通すことができる。
――ぼくは、東京の街を歩きながら、こんなことを考えていた。



















