昨年の芸能界と暴力団の関係、海老蔵騒動とつながる内容であった。
世間は芸能界、芸人、俳優を明らかに誤解している。
芸能とやくざは切っても切れない関係。
非人、人として扱われなかった芸人を唯一まともに扱い、庇護していたのがやくざだった。
芸能ビジネスを近代化させたのもやくざ(厳密には山口組はやくざではない)であった。
芸能界からやくざと関係があったものを排除・追放するということは芸能界そのものを破壊させることになる。
(「紅白」で暴力団関係を排除するのなら覚せい剤常習者も排除すべきであろう)


芸能マスコミが海老蔵叩きをしているのを見ていて、この連中はまったく芸能の知識がないのだなと感じた。
過去の隠し子のことまで持ち出していたが歌舞伎役者は世襲制故、実子が必ず跡を継がねばならないわけだが
生まれた男子が必ずしも役者としての素養を持つとは限らない。
”外”に子供を作ってその中から素養のあるものを嫡男としなくてはならないこともままある。
現在活躍している役者さんの中にも正妻の産んだ子供でない方もおられる。
このような事情を知っていれば、あのような報道はできないと思うのだが。
(昔の芸能人の中には外に子供をもうけるのは”甲斐性”と考えている人もいた)
昔の芸能マスコミはそれなりに仁義をわきまえて、公開できるもの出来ないものを区別していたが、
現在の「数字至上主義」では何でもかんでも他を出し抜いてスクープにしなければならないのだろう。
能や浄瑠璃に対し、格下であった歌舞伎が伝統芸能の頂点のように扱われるのも芸能マスコミに原因があると思う。


テレビによって芸能人が身近な存在となったことによるものなのだろうか。
テレビの存在は芸能の世界を大きく変化させた。
しかし、人々の心の奥深くにはまだ「芸人」を差別する心は残っている。

その昔、テレビドラマの撮影がフィルムからビデオへ転換されてゆく過渡期の頃だが、「消えた巨人軍」というドラマがあった。
俺は深夜の再放送で観ていたのだがドラマのほとんどを手持ちカメラを使った撮影で、ともかくカメラが動き回るドラマだった。
映像の基本であるカメラをむやみに動かさない、というタブーを無視した演出だったがやはり無理があった。
観ていて目が疲れた。 どんどんエスカレートしてゆく演出にそのうちカメラを放り投げて撮影するのではないかとさえ思った。
それなりに効果のある場面もあった。カメラを担いで六本木の誠志堂書店を走り抜ける場面は面白かった。(馴染みの場所であったこともあるが)


映像制作のルール、掟は其れなりに意味があるもので、基本をマスターせずに壊すものではない。
定石破りとは定石(基本)を理解しているから出来るのであって、定石を知らないものがやってもそれはただの無手勝流だ。

最近の中国の動きを見ていて感じたのは、
彼らは、アジア近海の海洋資源を全て手中に
収めようと考えているのではないだろうか、ということだ。
レアアースに頼っていられる限界が見えてきた現在、
やはり天然ガスの存在が大きい。
これからは、世界的に脱石油依存になるのは明らか。
天然ガスを抑えている国が経済を制す、ことになる。


以前から日韓のトラブルの背景に中国が
潜んでいる気配を感じていたが、これならば納得がゆく。
(日本人に成りすました工作員がネットなどを利用して
日本の世論操作を行っていることは中国の報道機関が認めている)


日韓で戦争が勃発したならば、
北朝鮮をけしかけ、一気に南進させる。
日本だけで手いっぱいの韓国を降伏させ、
半島を北朝鮮に支配させる。
その後は、金一族を適当な理由で粛清し、
傀儡政権を樹立させ、背後でコントロールすればよい。
これで尖閣諸島のみならず、竹島近海も事実上、中国のものとなる。