原田さんが亡くなって、勝プロにゆかりのあった役者さんはほとんど鬼籍に入ってしまった。
岸田森さん、草野大悟さん、好きな役者だった。
(あ、まだレンジさんが残ってたか)


念のため書くが、
原田芳雄は俳優ではない、役者だ


原田さんは若かった頃、あまり売れなかったので、ワイルドなイメージのキャラクターに更え、それが成功。
ただそのイメージが強すぎた。
一時期のテレビドラマでは皆同じような役柄ばかり。
役者としてはフラストレーションがたまっただろう。

さまざまな役を演じてみたいというのがほとんどの役者の望み。
実際にやったら犯罪になってしまう、殺人者や、今は存在しない侍の役等
これらを演じることが楽しいと思える人たちが役者なんだ。

原田さんには、これからは、年齢相応のまた新しい役柄の芝居を見せてもらいたかった。
残念である

合掌

水力発電の場合。
ダムは存在そのものが環境破壊、川の流域の生態系破壊が確認されている。
(河口に流れてゆく砂が減少するなどして漁業にも影響が出ている)
国土の狭い日本を荒廃させている。
ダムの寿命はせいぜい、4,50年

(石炭を燃料とする)火力発電の場合
石炭は大量に放射性物質を含んでいるので問題外。
稼働中の発電所からは常時、放射線が放出されている。

(石油を燃料とする)火力発電の場合、
石炭に比べればかなり量は減るが放射線を放出している。
稼働している発電所直近に住む人と遠くに住む人の被ばく量を比較すればかなりの差が表れる。
いうまでもなく、温暖化問題の元凶の一つ。(温暖化を疑問視する書き込みもあるが無知な輩のたわごとに付き合う必要はない)
原油は海外に依存しているため、国際情勢により、価格が大きく変動、また輸入そのものが出来なくなることもある。
(過去2度のオイルショックが証明している)
今後、天然ガスへ転換されていくと思うが問題点はやはり、石油と大差はない。
* 現在、世界的な取り決めで、石油火力発電所は原則新設は認められていない。

他の発電システムは恒常的に大出力の電力を供給出来るものはない
映画、TVなど映像業界はデジタル化によって、アナログ時代から大きく変化した。

デジタル化以前に、フィルム撮影からビデオ撮影になって随分と変わっている。
NGを出しても、簡単に、リテークできる。フィルム代の心配をしなくてもよい。
技術的な手間も、かなり簡略された。
しかし、それが良い事ばかりだったかというと、そうは思えない。
撮る側も、演じる側にも緊張感がなくなったように思える。

ビデオカメラの小型化、軽量化によってスピーディな移動演出が可能になり、これまでの映画撮影の文法を無視した作品を生み出した。
(しかし、評価は低いモノばかりであり、映画の文法の重要性を再確認させられることとなった。)
ビデオはフィルムのように現像の手間がない分、撮影後即、編集なんてことも可能になったわけで、ドキュメンタリーの製作などには恩恵であったと思える。


環境の変化も演出などに影響を見せている。
アナログ時代のTVドラマなどで、時間経過を表す演出に、柱時計や壁掛け時計を大写しにして、オーバーラップさせることで、針の移動で、時間の流れを視覚化して見せていた。
同様に、日めくりカレンダーで、月日の流れを見せる演出もあった。
現在、デジタル時計で、同様な演出をしても、時間経過をはっきり感じさせるのは難しいように思える。

CGの発達によって映画の特撮などは大きく変わり、よりリアルな画が作られるようになったが、肝心な脚本演出がそれを生かし切っているとは言えないのが現状であると思う。
アニメーションの場合、従来のセルアニメのように、セル画と背景画の違いを感じさせない、均一的な画面の作成も可能になった。
これはキャラクターと美術との一体化を可能にさせる画期的な事と思う。
(かつて旧虫プロの「哀しみのベラドンナ」でキャラクター設定、美術設定等を一人のアーティストに任せたことがあった)

総じて、デジタル映像メディアはまだ、これから十分に発展するとは思うが、大事なのはやはりそれを扱う人間だという事だ。
3D映画など、ただそれだけを売りにして内容はおざなり、なんてものが多い、がやはり、脚本の段階で、しっかりと作らねば過去の3D映画ブーム同様すぐに飽きられてしまう。
技術は大きく変化しても根本的な部分はアナログ時代とは変わってはいない。基本をしっかり身につけたものだけが生き残ることが出来るであろう。