田中トシオ原画展五年IN聖跡桜ケ丘
京王線成績桜ケ丘 駅前京王デパート五階連絡通路ブリッジギャラリー
五月五日から10日までです。
ぜひお越しいただけれは嬉しいです。
私が大会で日本一めざしてた頃トイレにこの言葉を飾り毎日誓ってた呪文
日本はたとえ首相を批判しても 我がままいっぱいでも殺されることもない
それでも不平不満だらけ だが絶対に戦争の時代はあってはならない
世の中不景気と思うのはいつも同じ 中高年になっての再就職は難しい
床屋さんの一番良い所は生涯仕事探しはいらない
普通にやっていれば目立たないが決してつぶれない職業
生きていれば必ず心折れる大嵐や洪水が来る
どんなにあらがっても無理な時は 沈下橋のように洪水の通り過ぎるのを待てば良い
いずれ青い空や清流が戻ってくる。
父は20年も出稼ぎに出て 全国でダム作りしてた
年に二回位帰ってくるが 子供はその土産に大喜びしてた
母は泣きながら出迎えてた
喜怒哀楽 感極まるとダムは溢れ 涙のように放水する
子供のころは朝早く起きて セミの脱皮をずっと眺めてた
土の中で数年も待ってようやく地上に出てお陽さまに出会えた事は知らなかった
そんなセミをいっぱい捕まえてたが数日で死んでいた
子孫を残すため羽化したのに叶わない 子供は残酷だった。
原画展 コロナ禍二回キャンセルになりようやく五年 陽の目を見ます
前回から すべて新作 こんな絵が60点展示してます。
以前のようにガンバレは少なく絵ことばはその時々の心の揺れのなかで描いてます。
私も5日、8日9日10日昼ころ 何回か顔を出しますが 恥ずかしがりや 多分陰に隠れてます。
担当者か私に連絡ください。顔出します。
問い合わせ 事前042 421 6511 多良 又は090 3239 1835 田中
ロシアよ 力は正義ではない
一方的にウクライナに侵略したロシア
嘘を並べ立て 国民には情報統制して侵略は正義とのプロパガンダ
日本は76年間戦争が無いから驚くが国際政治では常に戦争に直面してる
競技大会の世界機構の仲間に少し体格の良いウクライナのおばさん審査員が いつも笑顔で話しかけてくれる
何度もウクライナに招請されたし プレゼントした私の本をウクライナで翻訳して出版したいとも言ってくれた。
世界大会前夜祭にダンスパーティーあり 私は絶対踊らないし彼女も誘われない。
しかし交流の為手を差し出して誘ったがウエストが一メートル位、手は届かなかつたがとても良い人だったが今も無事だろうか。
彼女に限らずリトアニアやフィンランド、ポーランドなど皆ロシアにおびえてたが北欧の国は日本びいきが多かった。
今そこが侵略され、命の危機なのに沢山の民間人も抵抗してるが 悲劇は子供もお年寄りも殺されている。
日本はその戦争の意識が低く 北方領土も竹島も違法に盗られ また身近な尖閣諸島も取られそうでも波風立たせたくない政治は非難や抗議しかできない。
戦後いつまで経っても過度な戦争アレルギーがある。
戦後のどさくさにアメリカが押し付けた憲法を錦の御旗として 一言も憲法改正されていない。
どこの国でも時代に合わせ何度も改正してるのに日本は審議さえできない。
憲法で自衛隊は軍隊ではないまやかし、よって軍事裁判はない。
戦争になって敵を殺したら民間人と同じで殺人罪で裁かれる。
そんな立ち位置でも使命感で頑張ってる自衛隊員に国を国民を守れと言えますか。
昭和ではなく、世界情勢は危険に満ちているのにメディアの責任も重い。
堂々と矛盾を改正して ウクライナ人の勇気を政治家の責任としてもって欲しい。
かつて敗戦した時 民間兵も含め約1000人が戦争責任として巣鴨で絞首刑され
空襲や原爆もふくめ約300万人被災して90万人が死んだ。
特攻隊も爆弾抱いて国を家族を、恋人を守るために死んでいった。
戦争はどれも悲惨、歴史の中でナポレオンもヒトラーもジンギスカンも各地で領土拡大し、人々を国を全滅して侵攻し続けた、その多くは狂気の独裁者だった。
あの豊臣秀吉さえ後年は腹心を粛清し千利休の首さえはねた。
話せばわかる、日本人の感覚では話してもわからない世界政治には通用しない。
希望的平和主義は独裁者には届かない。
核を載せれる大陸間弾道弾実験とミサイルで威嚇してる国、
毎日領海近辺を侵犯して最近は尖閣ばかりか沖縄も自国領と言ってる国、
日本はミサイルが飛んできても、どんなに危険でも敵基地さえ攻撃でなきない法律。
侵略は絶対許せないが 侵略された時どう命や領土を守るか真剣に議論できる国にすべきとウクライナが教えてくれてると思う。
平和を願う 田中トシオ
参考まで支援はウクライナ大使館 口座番号は 三菱UFJ銀行広尾支店普通
0972597エンバシーオブウクライナ
多分大丈夫だと思います。
幸運を持ってきた老女
遅ればせながらおめでとうございます。
良い話を一つ
思い起こせば 50年くらい昔の話です。
当時沢山の問題を抱えて悩んでた頃です、
寒い夕方 店の外にみすぼらしいお婆ちゃんがずっと店の中を覗き込んで
立ち去らない。
気になって声をかけたら 背中の二人がこの家に住みたいと言ってると、
みれば二人とは木彫りの 大黒様と恵比須様だった。
高度なセールストークか売れ残りだろうかと思った。
ただ私も不運続きがあったり その老女に同情もあり買ってあげ、
寒いからラーメンでも食べてとチップもあげた。
その後難しかった問題も解決し 売り上げが急激に伸び借金も返せた。
毎日手を合わせて感謝してるとスタッフも増え 支店もいくつかオープンできた。
そのうち 出ると負けの大会も優勝して世界迄行きつくことができた。
あの寒さの中立ちつくしてた老女は誰だったのだろうか。
本当にこの家に住みたいと言ってたのか不明だが 我が家には
今も住んでいただいている。
きっと神様が姿を変えて 幸運を持って私の前に現れたと今も思っている。
新年に当たり 昔話でなく私の実話でした。
みんな良い年になりますように。
田中トシオ








