雪の越後路 | 田中トシオのあったかぁい元気

雪の越後路

 

古い友人が勲章をもらい、その祝賀会で新潟に行ってきた

三国峠の近く、群馬のトンネル前はうっすらの雪景色

川端康成の「雪国」

「長い国境のトンネルを抜けると そこは雪国だった。」

その通りの荒涼とした厳しい雪の山々が連なっていた

その舞台の 湯沢あたり、「駒子」が見ていた越後は真っ白の雪景色だった。

約30年前  わたしの産まれ故郷の新潟に「田中トシオ教室」を設立した

その初代会長に 森山満男さん、そして副会長に大石生男也さんがなってくれた。

 

そのころから新潟通いが始まり 年四、五回になった  伊藤次郎さん 清水義男さんはじめ多くの仲間が集った

みんな若かったが いまや勲章をもらう年になってしまった。

新潟には弟子が沢山頑張っているが いつの間に、組合の支部長や役員になっていた

時の流れにそれぞれの人生の歴史を刻んでいた。

自宅に戻ったら 我が家のドラセナが三年ぶりに白い花が咲き 

 むせかえる程甘く香しい匂いが二階まで漂っていた。

近くを散歩すると菜の花も満開になっていた

 

立春も過ぎ 自称猫年うまれの私は春を待ち詫びているが  余りにも季節の移ろいが早すぎ

単純に年を重ねることに喜べず恐怖感さえ覚える瞬間さへある。

その中で若い子がパリの世界大会を目指したいと挑戦して髪ingの選考会を見事パスした

今 本気で技術を追求する子が減って来たがこの子達を必死(ホント)に支えたいと思う。笑

私のできることは 次世代に繋げることしかないが 一日一日生き抜き、私の技を伝える義務を果たしたいと思う。

 

田中トシオ