家の裏手にある大きな公園内に、J1の公式戦が定期的に行はれるサッカー場がある。

 

その横にはふだん高校野球、たまにプロ野球が使ふスタジアムがある。

 

 ワインバーの自称「4時5時男」は、試合開始前やゲーム終了後、サッカーかプロ野球のファンたちと正面衝突する。

 

JR駅から公園への近道とわが家からワインバーへの近道が、どちらもたまたま同じ官幣大社の参道なのだ。

 

サッカーも野球も、ファンはみんな若い。

 

その集団とまともにぶつかれば80翁はひとたまりもないから、若者の隊列を避けなければならない。

 

前から来る一団は男中心か女中心か、何歳ぐらいか、ぶつかりさうになつたら道を譲つてくれさうな人種かーーを一瞬のうちに見極めなければならない。

 

こんな時に、いまさら自覚するのはわが運動神経の鈍さだ。

 

子どものころから、学校の授業で何が嫌いかといへば、二番三番がない断トツの一番が「体育」だつた。

 

砂場の脇にある鉄棒や、年に何回か学校の倉庫から引つ張り出される跳び箱など、目にするだけで身の毛がよだつ思ひだつた。

 

「明日は親戚に葬式ができて、母と一緒に行くのでーー」

 

運動会は、理由を付けて毎年欠席した。

 

ヴェテラン女教師には、「その親戚の方、たしか去年の運動会の日もお葬式ぢやなかつたかしら」と笑はれた。

 

日ごろ仲が良くない悪童どもが、その日だけ「クラス対抗リレー」の代表選手としてクラスのゼッケンを付け、ぼくが日ごろひそかに想ひを寄せてゐた女子生徒が彼らに黄色い声援を浴びせるのを見るのは忍びなかつた。

 

歳をとつて思ふのは、幼いころ運動神経の悪かつた人間ほど、歳よりも早く足腰が傷み、身のこなしが緩慢になつて、要するに「老け込むのが早い」やうな気がする。

 

バーのーの高椅子への乗り降り、町のエスカレーターを降りて、さて前の人を追ひ抜かうとするときの速足の一歩がスムーズに出ない。

 

老人の挙措(きょそ)は、もしかすると生まれつきの運動神経の良し悪しに関係するのではないか。

 

若い頃から運動神経の良かつた人は、齢を取つても案外動きが軽捷なのではないか。

 

これは両親に恨みを向けるしかない。

 

いま思へば、父も母も運動神経が良い方ではなかつた。

 

父は剣道の有段者だつたが、80歳を超えたころから、歩く一歩ごとに右に左にぐらついて、後ろから見てゐてひやひやした。

 

病弱だつた母はきもの愛一筋で、スポーツは何もやらなかつた。

 

もちろん親に感謝してゐることもある。

 

いまだにアルコール分解酵素がどうやら人並み以上なのは父親譲りといふしかないし、遊びでも人との交際でも「危ないことには手を出さない主義」は、よろずに不器用だつた母親の教へだつた。

 

老いによる不都合を今さら親のせゐにはできない。耐えるしかない。