ガリ版刷りのプリント

 

ほとんど毎日、夕方になるとワインを飲みに行く近所のカフェの学生アルバイトが、就職のために近々辞めると言ふ。

 

理系で名高い地元の大学生で、専門は電子工学ださうだ。

 

すでに名のある民間研究機関との共同研究に参画してゐるといふから、来春の就職は内定してゐるも同然だ。

 

日ごろから店での働きを見てゐて、客とのとつさの応接力や、敏活な動きにアルバイトとも思へないところがあつて感心してゐたが、電子工学の研究をしてゐる若者とは思はなかつた。

 

ぼくの学生時代を思ひ起こすと、かういふバイトをするのは文系の学生が多かつた。

 

理系だとバイトなどする時間的な余裕が持てないのかもしれないと思つてゐた

 

ぼくはもとより文系一筋。

 

中学3年のときだつた。苦手だつた数学の試験で、まぐれで2度つづけて満点の成績をとつたことがあつた。

 

すると、定年間近とおぼしき男性教師に職員室へ呼ばれた。

 

「キミは文系を目ざしてゐるやうだが、適性は理系だと思ふから、これからはそのつもりで勉強した方がいい」

 

左の目尻に大きな黒子(ほくろ)のある老教師はさう言つて、たぶん彼が作つたガリ版刷りの二、三枚のプリントをくれた。

 

上から下まで、見たくもない数学の問題がぎつしりと詰まつてゐた。

 

以来、その老教師は校内でぼくを見かけると、職員室に招き入れては数枚のプリントをくれた。

 

数学に興味のなかつたぼくは、家に帰るとそれにはほとんど手をつけなかつた。

 

学校の授業以外で数学の問題に取り組むなんて考へたこともなかつた。

 

老教師は校内でぼくに会ふと、何度もプリントをくれた。

 

あるときは校門のところまで追ひかけて来た。

 

ガリ版のインクが手に付きさうなプリントを家に持ち帰ると、勉強机の足元のごみ箱にそつと捨てた。

 

あのとき、教師の導きに従つて数学の問題に挑戦し、精緻に勉強してゐたら、ぼくは一体どんな仕事に就いてゐただらうと考へることもある。

 

間違ひなく言へるのは、政治記事を書いて給料をもらつたり、売れない純文学小説を書いて一生過ごすやうな人生ではなかつただらう。

 

ぼくの数学の力を買ひかぶつてくれた老教師には、いまでも感謝してゐるし、足元のごみ箱に溜まるばかりだつた空白のプリント用紙にはうしろめたい思ひが消えない。