子どものころから一日でいちばん充実した時間と感じるのは、周囲が寝静まる真夜中だつた。

 

窓越しに闇を見る。近所の灯はもう消えて、住宅街の角の灯りだけが忘れ去られたやうに灯つてゐる。

 

時折、隣りの家の犬が寂しさうに遠吠への声をあげる。

 

中学3年になつて受験勉強をしてゐるときも、外が明るい時間は机の前でボケーッと過ごし、夜中になつてから集中することが多かつた。

 

大学受験に失敗して一浪、昼間、予備校へ行つてもボケーッとしてゐた。

 

そんなとき、木造外階段の二階で知り合ひになつた男と、帰りに高田馬場駅に近い喫茶店で話をするのが予備校へ通ふ唯一の憩ひだつた。

 

18歳の男ふたりの雑談。それこそ神羅万象、なんでも材料になつた。

 

横須賀生まれの彼とは嗜好や思想はまるきり異なるが、翌春同じ学部に合格して以来60年、雑談懇はつづき、今でも年に1回、夫婦で銀座でランチを楽しむ友となつてゐる。

 

頭を使ふ作業は、外が暗くなつてからやるものだ、と体が勝手に決めてゐて、明るい時間にはどうしても気持ちが入らない。

 

この癖はその後もつづいた。

 

就職した仕事が、主として深夜に人と面談し、それを元に記事を書いて、ぼくなりの「商品」を作り、朝になつて会社がそれを各家庭に配達するといふシステム。

 

この会社を定年退職するまで41年間、これが夜型体質にうまく適合した。

 

もちろん、この時間帯は仕事ばかりではなく、縄のれんやバー、カラオケなど夜の街にゐた時間も少なくないが、これまた言ひやうもなく充溢した時間だつた。

 

65歳でリタイアしてからは昼も夜も自由時間となつたが、相変はらず昼間はボケーッとしてゐる。

 

パソコンに向かふ作業は、やはり深夜でないと環境が整はない気がする。

 

それまではいはば予備運動の時間だ。

 

夕食で少々酒を飲み、眠くなると1時間半ほどベッドに入る。

 

若いころから眠りはだいたい1時間半刻みだから、午後11時ごろには目覚める。

 

さあ、ここからが「わがフリータイム」である。

 

初対面の人には作家などと自称してゐるものの、15年ほど前に賞金100万円ナリの某文学賞を頂いたのを最後にさつぱりパッとしない作家業を続けるのも、17年目に入つた「エッセー塾」の、塾生の作品を添削したり自分のエッセーの執筆に取りかかるのも、「午前零時」前後である。

 

80翁にとつて、「午前零時」はまさに豊穣の時間だ。