ワイン屋からの帰り道、ほろ酔ひ加減で、夕まぐれの住宅街を遠回りして帰らうとすると、ふいに脇の一軒の家の門柱に明かりが点いた。
日ごろ、その辺りではあまり見かけない、素性も知れない老人が警戒されてゐるのかしら、と足早に通り過ぎる。
近ごろ首都圏を中心に頻発してゐる「闇バイト強盗」。もとよりわが家には犯人様に差し出せるやうな箪笥預金などないけれど、見知らぬ若者が深夜、ハンマーで窓ガラスを叩き割つて入つて来て、「金を出せ」と殴つたり首を絞めたりするといふのだから恐ろしい。
「ウチも裏の車庫のあたりが薄暗いから、そろそろ防犯灯を付けた方がいいのではーー」
と娘が言ひ出し、早速大型スーパーで簡易な防犯灯を買ってきた。
電源は電池二個。柿の実みたいな二股の白銀灯がともる。
以来、薄暗くなると、だれか道を通る気配がするたびに、二階から顔を出して灯がつくのを確認するようになつた。
私どもにも世間並みの防犯意識はあるのですよ、と宣言するやうな気がして悪い気はしない。
ところが、この「遅れてきた防犯灯」をめぐつて、世の中にはいろいろな感想を漏らす方がゐるらしい。
「お金持ちは大変だねえ。ウチみたいに強盗も猫またぎする家ならこんなもの付ける必要ないけど」
などといふイヤミは穏当なはうで、家人が人づてに聞き及んだところでは、ふだんほとんど行き来もなければ、ちやんと挨拶をしたこともない、同じ町内ながらやや離れたところにお住まひの老女が、
「いくら事件が多いからつて、今ごろあんなもの付けて、ウチにもお金があるから心配なの、つて見栄を張りたいだけぢやないのかしら」
などといふ口さがないささやき声もあるらしい。
人の口に戸は立てられないし、闇バイト強盗はやはり怖いから、被害に遭はないためには周囲の多少の陰口くらゐ甘受しなければならない。
何より問題なのは、この防犯灯の防犯効果だが、白銀灯が放つ光芒は意外に控へめだし、家屋の乳白色の壁を背にして周囲の風景に溶け込んでゐる感じもある。
果たしてこんな明かりがともつたからといつて、カネ欲しさで血気盛んな闇バイト諸君に襲撃を思ひとどまらせることができるのか。
つまり、防犯灯は単なる気休めに過ぎないのでは、といふ思ひも消えない。
ご近所に陰口のネタを提供し、イヤミな噂を生んだだけのことだつたのではないかしら。
