夜中に商品をつくる会社で41年間働いた。朝食は家で摂るが、休みの日以外の昼と夜の食事は外食だつた。

 

 毎日外食となると、いろいろ気を遣はなければならない。肉と野菜のバランスや、塩分の過剰摂取、栄養の偏頗など。

 

 しかし食事は一日の大きな楽しみだから、それなりに満足できる店、味でなければならない。自分の自由が利かないワーキングランチや宴会もある。

 

 「どう? 最近、どこかいいお店、見つけた?」

 

 桜もをはつたころ、昔の同僚に電話で訊かれた。久々に飯でも食はうかといふことだ。

 

 「それがさつぱりさ。ここ3年、飲み会はほとんどなくなつたし、用もないのに何かを食ふためにだけ新宿や銀座まで出かけて行く気にもならないしね」

 

 「へえ、キミがそんなことを言ふとは驚いた」

 と彼は笑ふ。

 

 「どこかに開店した店があると聞けば、その晩にでも行つてみるのがキミの流儀だつたぢやないか。たしか”開店荒らし”なんて言はれてたよね」

 

 仕事仲間や友人からそんな異名を奉られてゐたのは事実だ。

 

 バーでもレストランでも縄暖簾でも、「案外いい店だつたよ」と人から聞くと、自分の目と舌で確認しなければ気が済まない。

 

 月火水木金と昼夜外食だと、さうでもしなければすぐ手持ちの駒が尽きてしまふ。

 

 人形町の小料理、四谷三丁目の鮨、六本木のトンカツ、青山のステーキ、有楽町のインドネシア料理、新橋の中華料理屋などはほぼ週一で回した。

 

 たまには老女がひとりで開いてゐる水天宮のおばんざいの店なんかまで手を広げた

 

 夕方、原稿を社のデスクに送ると、あとはその夜、どこで何を飲み何を食べるかに頭を巡らせる。

 

 ランチがパスタだつたから夜は刺身にするか。

 

 オヤヂとなじみのあの鮨屋は気が憩まるけれど今週もう2回も行つた。

 

 このところ刺身や煮物で一杯が続いたから、けふは肉にするかーー。

 

 さういふとき、ぼくの頭には「いい店」の必要条件が浮かんでゐる。

 

 第一は、言ふまでもなく味が確かなこと。第二に、けふ店が開いてゐるか確認するのは煩はしいので、休日は「土日、祝日」に固定されてゐること。絶対に「全館貸し切り」をやらないこと。そしてもちろん、あまり値段が高くないこと。

 

 もう一つ、店の好悪を決める要素としてぼくがひそかに目安と考へてゐたのは、日ごろその店の何かに対して「小さな不満」を抱いてゐることである。

 

 味、従業員の応対、店構へ、客層、値段……すべてが至れり尽くせり、非の打ち処のない店は、すぐ飽きる。

 

 どこかに「小さな不満」がある方がチャーミング。それがいつ改善されるかが楽しみになる。

 

 店も人も同じかもしれない。