東京・下町のホテルのレストランで、中堅代議士とワインを飲んでゐた。

 

 取材を申し込んだのではなく、彼から電話をかけてきた。

 

 以前、ある贈収賄事件の関連取材で知り合つた彼とはときどき歓談することがあり、会つても彼の意図がわからないことが多い。

 

 その代議士はぼくが担当の派閥とは別の派閥に属してゐて、その時期はたまたま何の役職にも就いてゐなかつたから、特に聞きたいことがあつたわけではないけれど、彼の属する自民党内最大派閥がいま何に関心を持ち、時の政権に対してどんな感情を抱いてゐるのかを知ることは無駄ではないし、彼は祖父が元総理大臣、父が元外務大臣といふ政界の名門出身だから、声がかかればいつでも馳せ参ずる仲だつた。

 

 そこは一応、フランス料理を表看板にしたレストランで、彼の憩ひの場でもあつた。

 

 住民票を置く地元であり、もちろん自分の選挙区内である。

 

 その日、彼は好物のシーフードのマリネを肴に、フランス・ブルゴーニュの白ワインを飲み、ぼくには蟹のクリームコロッケやチーズを頼んでくれた。

 

 そのとき、中年男に連れられた6人ほどのグループが入つてきた。

 

 中年男は目ざとく「地元の代議士」をみつけ、真つ先に挨拶にきた。

 

 代議士は新聞社名まで明かして、ぼくを男に紹介した。

 

 「新聞記者といつても、特に密談をしてゐるわけぢやないから、みんなでそこへ来れば」

と代議士は、ぼくたちに近い席を勧めた。

 

 と同時に、近くにいたボーイに、代議士の前のマリネの皿と白ワインのグラスを急いで下げるやう依頼した。

 

 「私にはビールのジョッキ。それからヤキトリ2人前。あちらの席にはジョッキ人数分と、ヤキトリを適当に10人前くらゐ。大急ぎで頼むよ」

 

 代議士の指示で、まだ半分は残つてゐたマリネの皿は片づけられ、代はりにヤキトリの小皿が運ばれてきた。

 

 「これ、どうですか」

 

 代議士はぼくの蟹クリームコロッケの皿の脇に、ネギ間のヤキトリ1本を置いた。

 

 間もなく中年男たちのテーブルにも、熱帯地方の国の国旗を思はせる、中心から放射線状に並べられたヤキトリの大皿が運ばれてきた。

 

 「昔から私はここのヤキトリが大好きなんですよ。ホテルでヤキトリがうまいなんて素晴らしい。このタレは江戸時代からの秘伝だといふことで」

 

 と、代議士は下腹の出た中年男に向かつてヤキトリの串を掲げる。

 

 「さすが下町のセンセイ。ヤキトリの味が分からなければ、庶民の気持ちなんて分かりませんよね」

 と中年男は言ひ、左手に串、右手にビールのコップを持つて、ふたりで乾杯した。

 

 おそらく名も知らないだらうが、選挙区の人間相手だとこんなこともしなければならないのか、と無理して「大衆の味方」をアピールする名門御曹司がちよつと気の毒になり、そんな詐術の道具に使はれるヤキトリが何より気の毒になつた。