ゆるい下り坂の先に、ポスポラス海峡の青い海が見える。
狭い道の両側にはレンガ造りの5,6階建ての古いアパートがならび、お向ひの二階同士の窓から、ぼくの頭越しに女たちが朝の挨拶らしきことばを交はしてゐる。
出張先のホテルで朝食を済ますと、部屋に戻らずに、ロビーからそのまま街へ出た。午前中は仕事がなかつた。
旅先の散策といへば、ふつうは見知らぬ街や公園、商店街などをぶらぶらする愉しさが横溢するものだが、この日、ホテルを出るや否や、物乞ひの少年がふたり近づいて来て無言で手を差し出したり、街角には見るからに失業中と思はれる青年たちがたむろしたりして、ひとりで脇を通り抜けるのも気を遣ふ。
イスタンブルは初めてだつた。
アジアとヨーロッパの接点に位置するこの町には、坂道の多い不安定な地形といひ、町にただよふ独特な臭気といひ、旅人にはなんとなく剣吞なものを感じさせるところがあつて、一回りしたらホテルに戻るほうが良ささうだなと思つた。
海峡への道をふと左に折れると、ビルの一階を少し開放して日用雑貨を商ふ、こぢんまりした「何でも屋」があった。老女が一人で店番をしてゐた。
店頭にはインスタントラーメンのやうな極彩色の紙袋が目だつ。
その奥に、ビールや牛乳瓶を収めた白い小型冷蔵庫も見える。
長方形をした落とし紙の山もあれば、子どもの学習ノートみたいなものも堆(うづたか)く積まれてゐる。
なかでも目を奪はれたのは、歩道の傾斜にはみ出して敷かれたゴザの上に並べられた真つ赤なりんごである。
平らに十個ほど、色も大小も不揃ひだが、それは日本のスーパーに並ぶのとまさしく同じりんごだ。
これを目にして、それまで感じてゐたこの町に対するぼくの違和感は瞬時に氷解した。
この町にもりんごを食べる人間がゐる! 赤い皮をナイフで剥いて、白い実をこまかく切つて、みんなで突つつき合つて食べる生活がある!
りんごを見てから、この町に対する印象はまるきり変はつた。
さつきまで不愉快だつた物乞ひの少年も、たむろする失業者たちも、もう特別に警戒するには及ばない、世界中どこにもゐる凡庸な人間だと思つた。
みんな家に帰れば、ぼくたちと同じやうにこのりんごを食べるのだ。
だからこの町も特別な町ではない。ぼくたちと同じ人間が生活する町だ。
りんごといふのは、それ自体なぜか生活感のある果物で、それがぼくを安堵させたのだらうが、ぼくがそのとき感激した裏にはお恥づかしい不勉強もあつた。
イスタンブルとりんごーーひどく唐突で、不似合ひなイメージだけれど、あとで調べてみると、イスタンブルのあるトルコは世界第3位のりんご生産国だつた。(1位は世界の生産量の半分を占める中国、2位がアメリカ)。
だからどの店先に置いてあつても不思議はなく、いはばこの歴史ある町で、りんごはきはめてポピュラーなフルーツなのである。
戦後間もないころ、並木路子や霧島昇が歌つた『リンゴの唄』が流行した。数ある果物の中でも、りんごくらゐ人に親しみやすく、気取らず、好き嫌ひの少ない果物もないだらう。
さういへば、イスタンブルも昔から歌謡曲や物語や宗教を通じて人に愛される町だつた。
