ボーイが差し出した革のメニュー本を手に取つて、前菜をどれにしようか迷つてゐる。

 

「ここのシーフードサラダ、結構イケますよ」

 

隣りの卓から余計なことをアドバイスする。

 

その店を訪れたのが初めての彼女は、前菜だけで五、六種類もあるから、なかなか決められない。

 

「ぢやあ、お勧めに従つて前菜はこれで」

 

やがて、女性の前にサラダがきた。

真つ先にカリフラワーの白い一片を口に運び、次にタコの白い切り身にフォークを刺して、

「わあー、美味しい。このサラダ、罪悪感ゼロつていふ感じ」

と私のほうを見てほほ笑む。

 

物を食べて「罪悪感ゼロ」なんて言ふところをみると、日ごろ、カロリーや太ることにかなり神経を遣つてゐるらしい。

 

「このサラダなら安心です。ドレッシングも上品な味で、これならマグロでも貝でもどんどん食べられさうだわ」

 

女性はサラダの上に載つてゐる青菜をフォークで除けて、中をのぞき込む。

 

「ずいぶんいろんな種類の魚や野菜が混ざつてゐて、なんて贅沢なサラダ」。

 

前菜だけでお腹がいつぱいになつても困るけれど、推奨した手前、喜んでもらへたのは良かつたと安堵しつつ、それにしても最近の若い人、いや若者だけではなく世間全体が、「混ざり合ふ」ことを善とし、歓迎する風潮が強いと思ふ。

 

もともとは企業の雇用に関して遣はれる用語で、このごろ盛んに叫ばれる「ダイバーシティ―」(多様性)といふ概念も、要するにいろいろなものが混ざり合ふといふことだらう。

 

論議を呼んだ東京五輪組織委員会の森元会長の「女性蔑視発言」でも、女性が組織・団体の役員にいかに多く「混ざり合ふ」か、その多寡が問題になつた。

 

その挙句、森元会長の置きみやげで多数の女性役員が誕生したが、今はどの会社、組織でも、性別、国籍、人種、老若が多様に混ざり合つてゐるとみんな安心する。

 

いろいろな材料が入つてゐるシーフードサラダに興奮した彼女も、その食材の「ダイバーシティー」に感動したとみれば、いかにも今風で納得がいく。

 

いろんな物が一緒くたに混ざれば、何より罪悪感がなくなるのかもしれない。

 

だから、といふわけではありませんが、昨年10月から新装開店したわが「エッセー塾」では、かういふ社会の風潮に呼応して、従来の土曜塾と月曜塾のほかに、「教場までお出かけ頂かなくとも、パソコンのメール添付で作品をやり取りしてご指導する」メール塾を、4月期から新設することになりました。

 

基本はフェイス・トウ・フェイスの土曜、月曜塾ですが、ネット経由も含めて多数で混ざり合ふと、エッセーの味がどう変はるか楽しみです。​​​​​​​