日ごろ、人一倍メモをとる人間だが、自分でとるメモはともかく、何かが記された他人のメモとなると、不愉快な記憶しかない。

 

 事件の焦点の政治家に取材の申し込みをして、やつと約束が取れて議員会館へ面会に行く。

 

 脇の椅子で待たされること三十分、議員が顔を出して部屋に招き入れられる。

 

「さすがに時の人ですねえ。お忙しいやうで」

と初対面の議員に名刺を出す。

 

「いやあ、政治家が忙しいのはろくな時ではなくて」

 

議員とぼくが応接椅子に腰をおろすと同時にドアをノックする音がして、女性秘書が茶を運んできた。

 

「ところで、けふのご用件は?」

議員は忙しなく取材を急かせる。

 

「申し上げるまでもなく例の件なんですが、その後、先生のお考へに変化はありませんか」

 

「その件でしたら、私の考へは終始一貫変はりません。辞めません」

 

「党の方の空気は近ごろ、先生とは若干違ふやうなーー」

 

そこでまたドアがノックされる。こんどは公設秘書の男が速足で入つてきて議員の前に小さな紙片を差し出した。

 

「すぐに伺ひます、と返事しておいて」

 

議員は秘書に告げ、ぼくの方に向き直ると、

「申し訳ないですなあ、急にこんな連絡が来てしまつて」

 

と内密な文書でも見せるやうに勿体をつけ、紙片をぼくに見せる。

 

『総理官邸から、すぐに来るやうにとのことです』

 

与党議員にとつて「総理官邸からのお呼び」は最優先事項である。

 

総理や官房長官から「事情聴取」や「厳重注意」もあるが、時には疑惑隠しのための漁夫の利で、突然、大臣差し替へで入閣要請なんてこともないとは言へない。

 

「本当、済みません。官邸からでなければ放つておくのですが」

と議員はもう半分腰を上げてゐる。

 

「また、お出かけください。時間を取るやう秘書に言つておきます」

 

やかましい取材相手は一枚のメモで追ひ出される。

 

「総理官邸から」が見え透いた嘘なら、「秘書に言つておく」もお義理のことばである。

 

先週、いつも行くワインバーで、ナラ材が光るカウンターの上に店長がそつとメモを差し出した。

 

『端つこの女性が気にしてゐますので、申し訳ないですが、話をするときはマスクをしてください』