「他人からわけの分からないカネやモノを貰つちやあダメ。後でかならず面倒なことになる」

 

刑事畑の警察官だつた父親は、家庭ではまあまあ寛厚な人間だつたが、人から正当な理由なくカネやモノを頂戴することには神経質なほど潔癖だつた。

 

職場の後輩が季節のお中元やお歳暮を持つて訪ねてきても、決して受けとらなかつた。困つた客がむりやり玄関先に置いて帰ると、病弱な母親が郷里から頼んでいた中卒の女中に命じて、客を追ひかけさせた。

 

嵩ばらない商品券などは持ち帰つてもらふのも簡単だが、昭和の中ごろ、木箱に詰めたミカンとか砂糖十キロなどといふ、大きな贈答品が幅を利かせてゐて、小柄な女中が重さうにかかへて客の後を追ふのをよく見た。

 

そこまでしなくてはいけないのかと疑問を覚えつつ、当時はまだ貴重品だつたオレンジジュース瓶の詰め合はせ、旨さうな収穫直後のイチゴの箱などを目にすると、(正直に告白すれば)父親を恨みがましく思つたこともあつた。

 

全国民に配られた「特別定額給付金」10万円ナリを受け取つたとき、最初に思つたのは、父親のこのことばだつた。

 

考へてみれば、この10万円くらゐ「わけの分からないカネ」はない。安倍総理が花咲爺よろしく、永田町の坂の上から国民すべてにばら撒いた。

 

「けふの晩飯は、四谷の寿司屋でキャップのゼンセイださうだ」

新聞記者だつたころ、夕方、同僚からこんな声を掛けられて首をかしげた覚えがある。聞けば「ゼンセイ」とは「善政」のことで、要は先輩のおごりといふことだつた。

 

特別定額給付金は安倍総理の「善政」なのか。コロナ不況下の「家計の支援」がお題目だから、まさに為政者の「善政」のつもりだらう。その経費12兆9000億円。なんとも太つ腹な善政である。

 

子供のころ耳に焼き付いた父親のことばを信じるなら、とてもすんなり受け取れるカネではない。

 

「後でかならず面倒なことになる」――ぢやあ返すか。

 

国会議員とか閣僚、名立たる高額納税者でもあればそれも自然だらうが、サラリーマンを役員定年でリタイアして十二年、ろくな雑所得もない年金暮らしの身が、「わけの分からないカネだからお返しします」と申し出たら、それこそキザの誹りは免れまい。

 

「80歳近くになつても、まだ痩せ我慢してカッコつけて、あいつも変はつてないな」

 

友人、先輩、元同僚の陰口が聞こえる。仕方ないからおとなしく貰つとくか。

 

さて、と思ふ。父の言つた「後でかならず面倒なことになる」の「面倒なこと」とは何だらう。