「世の中でいちばん信用されない職業つて、何だか知つてる?」

 新聞社に就職してすぐのころ、二年先輩の男と朝の珈琲を飲んでゐて、不意にかう聞かれ、答へられないでゐると、「医者、記者、芸者だよ」と彼は笑ひました。

 記者になりたてのぼくに先輩として何か訓示するつもりだつたのでせうが、「いちばん信用されない職業」に就いてしまつたのかとびつくりしました。

 「この三つの職業は、世間ではいはゆる『不良』と見られてゐて、いちばん信用されてゐない。このことを心して仕事をしたほうがいい」

 この三つのうち、芸者が信用されないのは何となくわかります。歌や踊りはもちろんのこと、客へのお世辞もお愛想笑ひも彼女たちの芸の内でせうから、「お客さん、遊び上手! 惚れちやふわ」なんて褒められても真に受ける男はゐません。はなから信用してゐません。

 医者が三不良に入つてゐるのは意外ですけれど、さういへば医者は患者と相対するとき、あんがい「嘘も方便」を活用します。

 俗に「ムンテラ」(ドイツ語「ムント・テラピー」の略)と称される患者への治療方針の説明には、「言ひ包(くる)める」の意もあるさうで、もともとお医者さんをあんまり信用してはいけないやうです。
 
 さて、三つ目の「記者」ですが、四十一年間、新聞社につとめてきて、入社一年目に先輩から与へられた訓示が嘘ではなかつたことを実感してゐます。
 
 ネタを仕入れるためにはこちらも「嘘も方便」、ときにハッタリもかます、相手の文書を盗み見はする、他人の話に耳をそば立てる。格好悪いけれど廊下に膝を着いて、重要な会議が行はれてゐる部屋の通気口に耳を当てたりします。

窃盗はいけませんが、欲しい文書ならそつと盗みたくもなります。秘書の女性をたぶらかしてスクープを取つた外務省クラブの記者もゐましたが、そのくらゐのことをしなければ他社を出し抜く記事は取れない。

あまり上品な人種にできる仕事ではありません。まさに不良です。

不良には違ひないけれど、結果としてその情報が社会を動かしたりすれば公共の利益になるといふ自負もあります。

これは「医者、記者、芸者」に共通する「不良の論理」です。

多少の嘘――病状を大袈裟に見立てたり、いま癌の手術しないとステージが進むと脅かしたり、この薬を用ゐれば快方に向ふかもなどと勧誘する「ムンテラ」も、結果として患者を救ふことができれば「いい嘘」ですし、芸者がお座敷でお客をおだてるのも、それでお客に活力が湧き、明日へのエネルギーになるのなら悪い嘘ではありません。

「信用されない」ことが、ときには世の中に役立つことがあるのかもしれません。