参議院選挙が7月21日投票で行はれるが、こんどの参院選ではいはゆる「タレント候補」の出馬があまり話題にならない。
1970年代、国会議事堂の北半分を占める参議院は、別名「芸能院」と呼ばれるほどタレントが闊歩してゐた。
1962年の参院選に、テレビなどで名を売った藤原あきが116万票を獲得したのが呼び水になり、アナウンサーの宮田輝、高橋圭三、タレントの山東昭子らが続々と国会議事堂入りした。
その後もプロレスのアントニオ猪木(今季限りで引退)、大仁田厚、テレビ司会者の大橋巨泉、元ジャイアンツ投手の堀内恒夫、女優の三原じゅん子、柔道の谷亮子などが当選、初登院の朝には、みんな参院の正面玄関でテレビのライトを浴びながら、新調のスーツに似合はない黒バッジを付けてもらつた。
初登院の日の午後、ある漫才タレントの議員会館を訪ねた。
衝立で仕切つた二部屋しかない会館には、およそ職業も年齢も妖しい種族が廊下にはみ出るほど押しかけてゐて、ほんのミーハー気分で、この有名芸人の国会初印象でも聞ければと思つただけのぼくは匆々に退出しようとすると、彼はぼくの名刺をぢつと見つめて
「おう、国会が専門の政治記者さんには初めてお会ひします。どうぞこちらへ」
と奥の議員室を人払ひして招き入れてくれた。
さすが大阪芸人、如才がない。当選祝の熨斗(のし)がついた超高級ブランデーを取り出してきて、湯飲み茶碗になみなみと注ぐ。「記者は酒が好き」と入れ知恵されてゐたのか。
「ひとつお聞きしたいことがあるのです。参議院には委員会といふのがいくつもあるんですねえ。どこがいいか選べと言はれたのですが、われわれタレント議員はどんな委員会に入るのが一番ふさはしいですか」
「国会が専門の政治記者」としては、たくさんある委員会のうち、予算委員会とか農水、厚労、国土運輸など利権に近い委員会は当選回数の多い議員が先取りしてしまふので、新人議員は自由には選べない。
そのうち党から「ここでどうか」と枠が示されますよ、といふやうな話をしたのを覚えてゐる。
党にすればタレント議員は単なる頭数で、採決のときの一票に過ぎない。
芸能界やスポーツ界でいかに人気を博し、テレビの視聴率をかせぎ、選挙で百万票を越すやうな実績を残しても、さういふ才能は国会では生きないし、永田町は当選回数がモノを言ふ世界だから、一期や二期で消えて行くタレント議員は、所詮、選挙用の「人寄せパンダ」である。
しかも政界を離れて元のタレント業に戻らうとすると、「国会議員」の経歴はキズになる。
人の上に立ち、地位と権力で人を支配したいという、本来、他人には見せてはならない「権力への欲望」をさらけ出してしまつた人間に対して、世間の風は冷たい。
麻薬やカネや性に対する欲望を露出させた人間に対して、刑期を終へたあとも世間の風が冷たいのと同じだ。
こんどの参院選にタレント候補の話題が少ないのは、そんな「政治とタレント」の実態とソロバン勘定が、やつとタレント業界にも浸透してきたといふことか。
民主主義の基本である「選挙」といふシステムに人気投票の側面があるのは否めず、だからタレント議員が続々誕生したわけだが、いま、タレントが国会を見放しつつあるといふことは、わが国の民主主義が成熟しつつある一つの証(あかし)と言へるのかもしれない。
