「けふはお勘定は結構です。ただし、申し訳ありませんが、今後このお店に顔を見せないで頂けますか」

 東京・銀座の旧電通通りとコリドー街にはさまれた飲食店街にあるビルの四階。

 カウンター七席の小さなバーのママから、さう言はれた。いはゆる「出入り禁止」である。
 
 三十代後半のママは、二年前に北陸・金沢の店をたたんで東京に進出して来た。

 金沢ではぼくの取材対象だつた地元選出の自民党代議士に可愛がられ、銀座に店を構へたのもその代議士の世話によるものらしい。

 美人といふよりは、額が白くて広い、優艶な感じの女である。
 
 「また突然、ご挨拶だねえ。どういふこと」
 「どういふことつて、十分お分かりになつてるくせに」
 
 ぼくがその店を知つたのは、代議士の秘書氏に連れて行つてもらつたのが最初だつた。

 国会議事堂の裏手にある議員会館の一室で秘書と話し込むうちに夕方になり、「銀座にウチの代議士御用達の店があるのですが、今晩、どうですか」と誘はれた。
 
 当の代議士は、所属する派閥でマスコミ対応などを担当する幹部だが、まだ五十代といふのに豪放磊落をウリにしてゐて、それだけに何かと粗野な振舞ひや失言がしばしば世間をさわがせ、記者仲間では目の離せない政治家とされてゐた。
 
 ある晩、寿司屋で少し飲んだあと店に寄ると、秘書氏が選挙区から上京した後援会の長老と飲んでゐて、話題は当然、代議士のことだつた。

「先生は保守王国・北陸のホープだから、やがては自民党幹事長ぐらゐにはなつて欲しいですな」

古老が言ふと、秘書氏は、
「幹事長? とんでもない。総理大臣、間違ひなしです。それもさう遠い話ぢやないですよ。あと二回ほど総選挙があれば、ウチが政権を取ることになるでせう」

「ほう、郷里から総理大臣の誕生ですか。さうなれば、わたしも応援のし甲斐があります」

と長老が挙げるグラスに、秘書氏が音立ててグラスをぶつけたりして、場は盛り上がつてゐた。

「それはどうかなーー」
とぼくが脇から茶々を入れた。

「ご存知のやうに、先生はときどき大きなヘマをやらかすし、失言放言も多いから、いつ足をすくはれるか分からない。
 
戦後の虚脱状態だつた昭和の御代なら、たとへば(田中)角さんみたいな純朴も大向かふ受けしたけど、今は上から下までみんなイライラ、ピリピリ、神経過敏症になつてるから、先生みたいな豪胆で底抜けのタイプは、いつか失脚して、床の間を背負ふナンバーワンは難しいのでは。せいぜい自民党副総裁止まりぢやないかな」

これが秘書氏をひどく怒らせた。地元後援会の有力者を慰労してゐる場に、酔つぱらつた政治記者が飛び込んできて代議士を誹謗し、秘書の面子を丸潰しにしたといふことらしい。

「出入り禁止」を申し渡されてからも、ぼくは構はずときどき店のドアを押した。

ママは黙つて、いつもと同じスコッチのロックをぼくに差し出すと、ほかに客がゐなければカウンターの端に戻つて週刊誌を読みふける。

あるときは、ロック一杯を飲んで席を立つたぼくに、「¥9,000」と書いた紙片を無言で示した。出入り禁止令の次は、兵糧攻めのつもりか。

それでもなほ、店には何度か行つた。ママに惹かれてゐたわけでも、秘書氏との関係を修復する機を狙つたのでもない。

カウンターの一角で、ママに完璧に無視され、邪魔者扱ひされることが無性に快感だつた。

邪険にされればされるほど、自分の存在が認められてゐるやうな気がした。

「迷惑千万、なんてイヤな客。こんど来たら、ロックに眠り薬でも入れてやらうかしら」

なんて考へてゐるのかなと想像することほど、酒を旨くしてくれるものはなかつた。