ふだんはそこの交差点を右に折れるのだが、けふはなんとなく左に曲がつてみたくなり、足を踏み入れたこともない新興住宅街の、車がすれ違ふこともできない細い道を進んだ。

白い壁に白いドア、窓枠も白の真新しい建売住宅が数軒、カギ型に並んでゐる。

すでに入居して、赤い三輪車が門前に放置された家もあれば、門柱に「2号棟」「5号棟」などと金文字の札がぶら下がるだけで、まだ人の気配のしない家もある。

その先の右手の真つすぐな農道の突き当りに、手入れされた防風林を背にした、おそらくこの地の昔からの名主か土地持ちらしい豪壮な門構への農家がある。

これまではいつもほぼ同じコースを、ほぼ同じ時間帯に歩いてゐた。

生き方もさうだつたなあ、と思ふ。ほぼあらかじめ決められたコースを、ほぼ同じペースで歩んできた。

それにしても、無我夢中で過ごしてきた。

愉快な仕事だつたせゐもあつて、六十代半ばまで、馴致された牛のやうに働き過ぎだつた。

もつと早くからけふのやうに、歩いたこともない土地を散歩したりしてゐれば、人生はもつと放恣で、流麗な色にいろどられたのかもしれない。

道がにはかに広がると、左右は広い畑地を分割して工場、大規模倉庫、駐車場などに転用した索漠たる風景に変はつた。

その角地に大型スーパーのやうな鉄筋三階建ての、窓がほとんどないコンクリートのビルがある。

壁になんとか有限会社の「木工芸品展示館」の看板が見えた。工芸や民芸品の店が好きで、観光地へ行くと、数年後にはゴミ扱ひになることを予感しつつ、旅の記念にとついつい小物を購入する。

これだけ大きな展示館だから、もしやぼくの偏頗な好みの掘り出し物があるかもしれないと、吸ひ寄せられるやうに重いドアを押す。

入つた正面に、たぶんガーデニング用の、華奢な門扉と小さな青い塀、白い木椅子などがならび、その間の玉砂利を進むと、いつの間にか展示館の中央に来てゐて、

周囲には書斎に置きたくなる古風な本棚や、古木を使つたワインラック、手紙刺し、庭園用の卓、椅子といふやうな木工品が、一見ごちやごちやと、しかし客の目をいざなふやうに巧みに計算された放射線状に配置されてゐる。

若いころからかういふ物に没頭する時間をもつと持ちたかつた、と反省する。

いい記事を一本書くよりも、典雅な光沢のナラ材の書類立て一個を手に入れたはうが、いまより数倍、老後を豊潤なものにしてくれたことだらう。

展示館でどれだけの時間を過ごしたことか。気づくと、はうばうにある出入口の一つの前だつた。

買ひたい物もあるけれど荷物になるからまた来ようと、とりあへず外に出た。これが悪かつた。

初めに入つたドアから出ればそんなことはなかつたらうに、方角がまるで分からなくなつた。

少し先の十字路を、左右どちらへ行けばいいのか判断できない。どつちから来たのだつたかーー自分が迷子になつたのを、初めて認識した。だれかに教へてもらはう。

線路沿ひの道に、子犬を連れた小柄な老人がゐた。

近づくと、驚いたことにそれは旧知の男で、昔の職場の先輩だつた。この辺にお住まひなのだらうか。

呼びかけるが、振り向かない。もう一度、大きな声で相手の名前を言つて、「どうも、お久しぶりです」と笑ひかける。

老人は一応こちらを見たが、それらしい反応を見せない。ぼくは自分の名前を一語一語区切つて名乗つた。

やはり表情を変へない。ぼくが誰だかまるで分からないやうだ。

ユニークな囲み記事を得意とする、仕事熱心な、少々早口の男で、全国の蕎麦を食べ歩くのが唯一の趣味だつた。

すでに認知症が進行してゐるのかもしれない。彼も若いころ働き過ぎたのか。

目の前に一級河川の表示があつて、高い土手があらはれた。雑草に覆はれた小道を斜めに上がると、そこには二車線の舗装道路が走り、車が行き交つてゐる。

歩道がないから、そこを歩くのは危険だと思ひ。土手の斜面を下って、川の水面よりも明らかに低い、黒ずんだ家並みの路地に入る。

完璧に帰り道が分からない。これは要するに徘徊だなと事の深刻さを自覚した瞬間、目がさめた。