客の希望で、箸の代はりにナイフ・フォークを出す寿司屋が東京・赤坂にあるといふ。
寿司の握りや海苔巻きを、どうやつてナイフとフォークで食べるのか見当つかないが、たぶん、握りや海苔巻きに直接フォークを突き刺すか、握りをナイフで真つ二つに切つてからフォークに刺して口に運ぶのだらう。
店の奧からは、この道何十年の親方がこの光景をながめて、「世も末だな」と嘆く顔が目に浮かぶ。
しかし、このところ急増する外国人観光客に加へて、2020年の東京五輪を控へ、若手の寿司職人の中には「これも時の流れさ。背に腹は代へられぬ」と、カウンターの白木の上にナイフ・フォークをならべて外国人客を呼び込む店が増えるかもしれない。
東京五輪だけではない。このほど成立した出入国管理法改正(外国人労働者拡大法)によつて、今後5年間で新たに最大34万人もの外国人が日本で働くやうになる。
給料の出た日ぐらゐ、外国人労働者が誘ひ合はせて、「ニッポンの寿司屋」で一杯やらうといふ声も出るだらう。
ある日、行きつけの寿司屋の暖簾をくぐつたら、カウンターにはずらりと見知らぬ外国人が席を占めてゐる。
みんな分からぬ言語でガヤガヤと談笑し、洋食器の音がガチャガチャとかまびすしく、辺りには彼らが持ち込んだ故国の強い酒の匂ひが充満してゐる。
そんな騒々しい寿司屋が当たり前にならないとも限らない。
寿司屋の雰囲気を守りたいだけではないけれど、ぼくは今度の法改正は危険な気がしてならない。
安倍内閣の政治については、経済、外交など、歴代内閣に比べてまあまあ合格点だと思つてゐるが、こんどの法改正は後世、安倍内閣の大きな汚点として歴史に名を残すことだらう。
少子高齢化による日本の労働力の心許なさを、当面、外国人を呼んできて埋め合はせようとするのは、日本といふ国の文化、歴史、地勢的条件を考へると、あまりに姑息過ぎ、無謀といふほかない。
「特定技能1号、2号」などと、外国人の在留資格におおざつぱな制約を設けてはゐても、「2号」は事実上永住も可能だし、法改正の実質は移民政策である。
フランス、ドイツなどヨーロッパ各国がいま、揃つて移民(難民)政策のツケで苦悶し、国政がぐらぐらになつてゐる前例になぜ学ばないのか。
移民政策は間違ひなく犯罪の多発を招き、固有文化の衰亡につながり、やがてその国を亡ぼすことは世界の歴史が教へてゐる。
日本にやつてくる外国人労働者は、まづ日常語である日本語に難渋するだらう。さらに日本文化、たとへば日々の箸の使ひ方に苦労するだらう。
それを嫌つて、彼らは彼らだけの集落――「解放区」を日本国内に作らうとする。ナイフ・フォークで食べられる寿司屋や居酒屋を日本中に広めようとする。
ぼくがいつもの寿司屋で、目の前に差し出されたマグロの赤身の握りを、お絞りで拭いた指先でつまんで食べようとする。
その瞬間、カウンターでナイフ・フォークを使つてゐた外国人たちが一斉に立ち上がり、店長に向かつて
「オヤヂさん、この人、手でぢかに寿司をつままうとしてゐます。野蛮です。不衛生です。出て行くやうに命令してください」
と叫び、仲間は「ヤバン! フエイセイ!」とシュプレヒコール――そんな夢をみる。
