小学校の同窓生の女性から転居通知が来たのは、九月の初めだつた。
「若いころから念願だつた会津若松市民になりました」と嬉々とした文面である。
しばらく前からリウマチ疾患の膠原病(こうげんびょう)に悩んでゐて、足の筋肉が衰へないやうにと、夕刻、商店街を散歩してゐる姿をよく見かけた。
大好きな会津には以前から別荘を持つてゐて、夏になると家族で長期滞在したりしてゐた。
十年ほど前にご主人を亡くし、その後はひとりで、JRの某ターミナル駅前のビルで仏壇仏具を商ふ店を続けてゐたが、七十代の後半にさしかかつて、病気も考慮し、店をたたんで単身、会津へ引つ込む決意をしたらしい。
小学校のころから成績抜群で、商売でも業績を伸ばし、地域のロータリークラブの会長をしてゐたときには、ぼくを政局の講演に招いてくれたこともあつた。
先日、五年ぶりにひらいた同窓会で会つた。
念願成就の田舎暮らしの感想を尋ねると、「朝起きると磐梯山を望めるのはすばらしいし、空気もおいしい。それは期待どほり。――ただね」とやや浮かない顔つきになつた。
「この季節になると、もう寒さが身に染みる、かな」
「寒いのは覚悟してゐたから何でもないわ」
「地元の人との人間関係はどう? 都会からの新参者を優しく受け入れてくれた?」
「東北人つて人懐つこいし、会津はみんな親切だから、それは大丈夫。――悩みは足よ」
「足? いまでも痛むの?」
「さうぢやない。あちらへ行つたら、空気が合ふのか病気はうまく治まつてゐて全然痛まない。さうぢやなくて、問題は移動手段の『足』」
ご主人の死後、彼女は車を持つてゐない。自宅兼店舗は駅まで歩いて三分だし、仏壇の配送などは業者に任せればよかつたから、車は生活に必要なかつた。
「市街地まではちよつと離れてゐるから歩いては行けないので、日常の買ひ物に出かけるにも、いちいちタクシーを呼んで行かなければならないのよ」
「バスはないの?」
「私、生まれてからバスに乗つたことないもの」
肉や魚、野菜などの食料品、洗剤などの日用品を買ひに行くのも、月三回の病院通ひも、用事で市役所へ行くのもタクシー。町へ出るたびに、往復四、五千円ほどかかる。
「昔、エンゲル係数つてよく問題になつたけど、いまわが家はタクシー係数が五割くらゐかしら」
頭の良かつた老女も、実際に会津で暮らしてみるまではそこまで見通せなかつたらしい。
「おカネのことだけぢやないの。さあ、出かけようといふとき、電話でタクシーを呼ばなければならないつて、凄く面倒。通りに出て手をあげればタクシーがとまるところに生まれ育つたから、その有難さを忘れてゐたのね。都会に住んでゐると、老後は田舎暮らしにあこがれる人つて多いと思ふけど、足の確保は盲点ね。車があつたとしても、いくつまで運転できるか分からないものね」
彼女の住んでゐた旧店舗ビルは、いま水色のシートに囲まれて取り壊し工事が進んでゐる。
