日本橋・人形町の料理屋の女将から、「町内会の夏まつりが有馬小の校庭で開かれるので、よろしかったらお出かけになりませんか」とメールが来た。
盆踊りのほか、甘酒横丁や水天宮のまはりのお店が露店を出すといふ。
この暑さの宵、人形町まで足を運ぶのも大層なことだが、メールの最後に
「私も珍しくゆかたを着て参加します。年に1回で~す」
と書かれては無視もできない。
日本橋の有馬小学校といへば、谷崎潤一郎の小説にも登場する歴史ある小学校で、運河をへだてた斜向ひには、現在地に引つ越す前の明治座があつたといふ。すぐ先の箱崎で隅田川に合流するこの運河は、今は埋め立てられて桜並木の緑道になつてゐる。
この緑道の側から、都心とも思へない広さを誇る校庭へつながる路地を入ると、はやくも盆踊りのお囃子がひびいてきて、そのやぐらを遠巻きにかこんで赤や黄や青のテントがならび、辺りの空気にはすでに焼きそば、お好み焼き、焼き鳥などの匂ひが濃密に織り込まれてゐる。
「あ~ら、こんにちは!」
まつりの主催者用の白いテントから、白地に金魚がおよぐゆかたを着た女将が飛び出してきた。
テントの中には、旧吉原の土地柄にふさはしく、中高年のママたち7,8人が、紺地に白の草書体で「人形町」と描かれた団扇を使ひ、それぞれゆかたの胸元に風を送り込んでゐる。まだ30度近い暑さだ。
女将はぼくの腕を取つて、校庭のほうへ導いた。
「けふはワインはありませんよ。この暑さぢや、ホットワインになつちやひますからね。その代り、あちらに全国の銘酒コーナーがあつてーー」
まるで歌舞伎町の客引きのやうに、女将はぼくを露店の並びの方に案内しようとする。
「女将、勝手に一周してみるから」
とぼくは女将をテントに帰した。
店の常連で声をかけたのはぼくだけではないだらうから、女将を独占するわけにはいかない。
といふのは綺麗ごとで、最初に女将のゆかた姿を見たとき、ぼくは何とも言へない違和感を覚えた。それは落胆に近い感情といつてもいい。
葭町芸者(よしちようげいしや)上がりの女将は、日ごろ、店ではまさしく着せ替へ人形よろしく、たとへば冬は紺の絣、初夏には塩沢の白絣、夏には粋紗や夏大島といふやうに、その季にぴたりと適合した上等なきものを身につけ、それに見合ふ柄の帯をきりりと締めてゐた。
焼き方、煮方、揚げ方など板前を6人も使ふ料理はもちろん申し分ないが、食事代の半分は女将のきもの姿を楽しむお愛想と言つてもいいだらう。
ぼくが小説に書くきものの知識のかなりの部分は女将からの取材だ。
ところがこの日、女将のゆかた姿は凡庸といふほかなかつた。
ゆかたといふものは元々さうなのだらうが、胸もとや腕の肉の露出を多くして、体を木綿一枚でおほふラフな感じは、色つぽいと言つても安手の色つぽさだし、衣装としての格調には欠けるし、気品や優雅は望むべくもない。
ゆかたといふのは、やはり寝間着なのではないだらうか。
安直さと淫猥さだけが目立つて、きもの本来の優艶とは程遠い。
最近、ファッション業界の商魂も手伝つて、盆踊り、花火大会、夏祭りなどに若い女性が競つてゆかたを着るけれど、それが周囲にどう映つてゐるかといふことを本人たちは承知してゐるのかどうか。
