オリンピックでメダルを獲得した選手は、みんな勝ち誇つたやうにメダルを胸のまへに掲げる。「このメダルが夢でした」と涙をながす選手もゐる。近ごろの日本の若者にはめづらしい光景である。
 
ここ一番といふとき、ライバルを倒し、ライバルに一歩先んじて、心底晴れやかに清爽な笑みを浮かべられる若者が、いまの日本にどれだけゐるだらう。
 
勝つことだけがすべてではない、スポーツを通じて生の充実や、人間であることの意味を感得することのほうが大切だ、なんてしたり顔でコメントする若者が多いのではないか。
 
どちらかといへば、リオ五輪の最中に報じられたSMAP解散問題の方へ興味が向いたのではないか。
 
 運動会でゴールした児童に1着2着3着の順番をつけない小学校があるといふ。学芸会になると主役の桃太郎が何人も登場したりする。
 
 さういふ教育をされてきたら、オリンピック選手の涙のインタビューなど、なんとも滑稽で空疎なものに映るだらう。
 
 夕方、レストランでワインを飲んでゐたら、豪奢な和服の一団がどやどやと入つてきて、その中の二人がグループから離れ、ぼくのとなりのテーブルに来た。茶の湯の流派の会合の流れらしい。
 
 「新会長さん、ある人から聞きましたけど、秋からの新体制では私は役員から完全に外れるんですつて?」
 
 「ええ。だつて先生、先日わたくしに会の役員のほうは少しお休みしたいつておつしやいませんでしたか」
 と新たに会長になるらしい、芒模様の着物の六十女は怪訝な表情に変はる。
 
 「さう、それは本音。私も12年間も会長をやつてきて、いささか疲れましたから。でもね、周りの人から『先生が完全に身を退かれたら、この会はどうなるか分かつたものではありませんよ』なんて言はれると、私も辛くて。――何でもいいわよ、副会長の末席でも、それこそ会計監査でもいいから、役員名簿の隅つこに私の名前を残しておいて頂けないかしら」
 
 「さうですかあ。困りましたね。……もう新役員候補の名簿は出来上がつてゐて、一部の方々には内々お見せしちやつてゐるのですけど」
 
 八十歳過ぎとおぼしき、紺色の絽をきちんと着た前会長は、肥つた上半身を前にかたむけて、相手の耳に口を近づけた。
 
 「こんどの会長交代では、あなたを会長にすることに反対する声も随分あつたのだけれど、私が会長のリーダーシップを発揮して、強引にあなたを新会長に推挙したのはご存じよね。――ねつ、お願ひよ」
 
 前会長は椅子から立ち上がり、ほかのメンバーがゐる席へ移動して行つた。彼女なら五輪会場のやうに、金メダルを誇らしく観客席へ掲げて笑ふこともできるだらう。
 
そこにはオリンピック選手と同質の栄誉欲や権力欲がぎらぎらしてゐて、たぶん、それこそがこの老女の生きるエネルギーの源泉なのだ。
 
スポーツ選手がときどき国政選挙に手を挙げたりするのは、永田町を多少知る者として毎度ひそかにあざ笑つてゐるけれど、そこへ彼らを駆り立てるのはこの栄誉欲、権力欲に違ひない。
 
栄誉や権力をがむしやらに欲しがる人と、さういふものに恬淡な人がゐるからこそ社会は成り立つてゐるらしい。