公園を散歩してゐると、短い坂の上を横切つてゐる舗装道路のさきに、ボート遊びに丁度いいくらゐの池があつた。池を迂回するのも面倒だから、服のまま、革靴のまま、まつすぐ水のなかに入つて行く。
古い池のやうだが、底はあんがいしつかりしてゐて、沼土に足が沈んで歩きにくいといふことはない。
しばらく進むと、池の端まで来たので水から出て、周囲の細い道を辿りはじめた。池のほとりに、白い美術館があつた。
ずぶぬれで、濡れた靴のまま館内に入るのはためらはれ、受付で風呂に入りたいと言ふと、女性事務員が風呂場へ案内してくれた。
風呂を出て、美術館を見物することもなく、ふだんと同じやうに自宅への道をあるいた。
眼下に見えるのはおそらく神戸の街とおもはれる、住宅地のあいだの道を車で走つてゐるのだが、さつきから何度も同じ道を行つたり来たりしてゐる。街へ下りて行きたいのに、どの道を行けば下りていけるのか分からない。
昔の女友だちが社長になつたと知らせて来たので、どんな会社かそつとのぞいてみようと出かけた。教へられた住所には小さな事務所が建つてゐて、中をのぞくと、いちばん奥の机で、女が両足を机上に投げ出して、いかにも女社長といふ風情である。
濃い霧がながれる暗欝な森を進んで行くと、最初に太つた牛がぬつと姿をみせた。次に、急に視野が開けて赤や黄の花畑がひらけた。道はふたたび森の中に吸ひ込まれ、前方に、童話に出てくる魔法使ひのやうな老婆が、杖を突いてこちらを向いて立つてゐる。
蚕みたいに太つた、真つ白い毛虫が一匹ゐた。
ぼくは中華料理の巨大な包丁のやうなもので、毛虫の胴体を真つ二つに切つた。
毛虫の頭部と下半身がそれぞれ身を起こし、何ごともなかつたやうに話し合つてゐる。
「なんか、切られたやうね」
「さうみたいね。死ぬのかしら」
馴染みの人形町の店で飲んでゐると、突如、隣りの二階建ての天ぷら屋が上空に舞ひあがつた。噴火らしく、そこに巨大な火口の穴があいた。
記事にしなければと瞬間、思ふ。
「3月1日午後10時ごろ、東京都中央区日本橋人形町2丁目の通称甘酒横丁で、突然火山が噴火した。周辺に溶岩が流れ出し、近くの飲食街にゐた客など数千人が溶岩流に巻き込まれ、隅田川方向に流されて行つた」
なんて書き出しでは、あまりにリアリティーがない。
ーーとりとめもない妄想が、前頭部から後頭部をめぐる。まるで眠つてゐるときの夢のやうに。
気がつくと、目の前には赤ワインの、ほとんど空になつた大ぶりのグラスがひとつある。何杯目だらう。
いつのまにか、ぼんやりしてゐたらしい。ぼんやりした頭の中で、何かが動いてゐる。
この混沌こそ、発芽の予兆であり、充電であり、宝だ。本当は、かうして言葉にして説明する前の、茫漠とした想念が貴重なのかもしれない。
でも、外から見ると、ただ老人がボケッとしてゐただけ、だらう。
