政治関係の評論家や現役記者がつどふ新年会の余興で、「いま、世界でもつとも”道徳的”な指導者はだれか」といふ設問が出された。
 
 出題した主催者からは、ここでいふ「道徳的」とは、「自分自身に正直であること」 「確固とした政治的使命感を持つてゐること」の二つを基準にして、一個人として、かつ国家の指導者として「道徳的」であるかどうか判断してほしいと補足説明があつた。
 
 その結果、最高の票を集めたのはーー北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)第一書記である。
 50人ほどの投票で、いづれもかつて永田町を仕事場にしたり、いまも永田町で働いてゐるメンバーだから、もう少し穏当かつ現実的な名前がならぶかと思つたが、金正恩の次は「イスラム国のリーダー」、3位はロシアのプーチン大統領だつた。
 
 このランクづけは、主催者である雑誌編集者がわざわざ補足説明を付け加へた2項目の基準に引きずられた感じもあるし、この新年会のひらかれたのが北朝鮮の言ふ「水爆実験」の実施直後だつたといふ事情ももちろん影響してゐるに違ひないけれど、実はぼくも金正恩に一票を投じたひとりである。
 
 迷ひはなかつた。この北朝鮮の三代目あんちやんは、雑誌編集者のいふ「自分自身に正直」である。彼がいま一番恐れてゐるのは、第2のサダムフセイン(元イラク大統領)、第2のビンラディン(テロ組織アルカイダの元指導者)になることだらう。
 
 アメリカの銃口はいつでもこの少々やんちやなあんちやんに向いてゐる。アメリカがその気になれば、一週間で殺される。だから「水爆」を片手にアメリカと同じテーブルに着き、自己の生命の保証を取りつけたい。極めて「自分に正直」である。
 
 祖父の金日成(キム・イルソン)から金正日(キム・ジョンイル)に引き継がれても為し得なかつた「北朝鮮を超大国と比肩する存在にしたい」といふ悲願こそ、金正恩の政治的使命だらう。それなりに「確固とした使命感」を抱いてゐるといへる。
 
 1980年9月、ぼくは北朝鮮・ピョンヤン郊外の「招待所」といふ名の別荘で金日成主席と握手する機会があつた。自民党アジア・アフリカ研究会の訪朝団に随行してゐた。
 
 訪朝団と金日成の会談の場で、ぼくはそつと主席の右うしろに回り込んでカメラを向けた。驚いたやうに北朝鮮の警護の数人がぼくを排除しようとする。
 
 金日成の右うしろ首には夏ミカンほどの巨大なコブがあり、悪性の病気ではないかとの噂も絶えなかつたのだが、肝心のコブの写真は公表されてゐなかつた。ぼくはそれを自分の手で撮りたかつた。
 
 警護の屈強な男たちがぼくのカメラに手を伸ばさうとした瞬間、会談中の主席が急に右手をあげ、「構はないよ」といふやうに男たちを後ろに下げた。ぼくは1枚だけ撮影して、すぐ随行記者の位置にもどつた。
 
 主席は当時、もちろん不可侵で絶対の権力者だつたが、それは周囲が点数稼ぎで過度におもんばかつて、「神のやうな独裁者」に祀り上げてゐるだけではないのか、と思つた。本人はコブの噂なんかあまり気にしてゐなかつたのかもしれない。もしやいま、孫の金正恩も同じやうな位置にゐるのではないか。
 
 「自分に正直」であることは悪いことではない。「確固とした使命感」を持つのも悪いことではない。時にそれが周辺にとつて迷惑になることはあるだらうが、どんな人間だつてその存在はつねに誰かにとつて迷惑なものだ。
 
 第2次世界大戦を引き起こした旧日本軍といふアツモノに懲りて、戦後の日本教育は「自己」とか「使命感」とか「欲望」などといふ、人がだれしも大切にすべき情念、それこそが人を「道徳的」にする徳目を、フーフーとナマスを吹いて警戒するやうに怖がる風潮がある。
 
 その代はりに大手を振つて闊歩するやうになつたのが、「環境を守れ」「平和憲法を死守せよ」「差別はなくせ」「世界平和を」などの美辞麗句だ。だれもが正面切つて反対しがたいやうな「きれいごと」が、黴菌のやうに世にはびこり始めた。
 
 戦後70年も過ぎた。そろそろ戦後教育の迷妄を排して、「きれいごと」の偽善から脱する時期ではないか。