「猪瀬直樹氏が石原氏のあとを継いで都知事になつたことはそちらでもご承知だと思ひますがーー」
 
 角さんにメールを打つてみた。アドレスは知らないが、「tengokuドット・コム」で通じたやうだ。「このアドレスはアン・ノウン」といふ英語文の知らせはなかつた。
 
 猪瀬知事が都知事選にさいして、医療法人・徳洲会から5000万円を借りたことがバレて、知事の座もあやふくなつてゐる。角さんは子分の(ロッキード裁判で弁護人もつとめた)保岡興治氏が、選挙のたびに20年余、旧奄美群島区で徳田虎雄一族とまさに死闘を演じてきたので、徳洲会の遣り口はうらのうらまでご存知でせう。
 
 「ーーこの事件にはどんな背景があるかお聞きしたくて、ご多忙とは思ひながら、初めてメールをいたしました。小生は角さんが総理大臣だつたころ、総理番として毎日脇に随かしていただいた者です」
 
 あまり「ご多忙」ではないのか、返信は予想もしない速さで届いた。
 「おう、覚えてる、無為庵君。夜、目白の番小屋で、『総理はおやすみになりました』と秘書が告げて、ほかの新聞記者はみんな帰るのに一人残つて、ワシが差し入れたオールドパーをロックでやつてゐたさうぢやないか。秘書が『まだ一人呑んでゐます』といふので、ワシは深夜の秘密の来客をずいぶん待たせたもんだ」
 
 「メールが届いて良かつたです。早速ですが、猪瀬知事の今回の件はどうなるでせうね」
 「結局、辞めるだらう。ワシのころからさういふ風潮が強まつたやうだが、最近は政治家の不祥事が発覚すれば、遅かれ早かれ辞任でケリだもんな」
 
 「猪瀬知事だけで終はりますか」
 「永田町ぢやあ、いまビクビクしてゐるのがいつぱいゐるぞ。徳洲会は全国組織だから、選挙のときあの医療法人からカネをもらつてるヤツは国会議員の中にわんさとゐる。当然、特捜部に「出」のほうの名簿は押収されてる。事前買収みたいなカネだから、徳田からカネをもらひましたなんて収支報告書に記載する人間はゐない。みんな政治資金規正法違反だよ。全員逮捕したら国会議員が足りなくなつちやふから、三千万円以上とか適当に線を引くんだらうけどな。その広がりといふ点では、これはロッキード事件の比ぢやないぞ」
 
 「徳洲会のやり方といふのは、そんなにエゲツナイのですか」
 「きみも知つてのやうに、ワシも選挙のたびには相当なカネを遣つた。政治は数だからな。自分の同士を増やさなければ負けだ。しかし、徳田のとこには角さんも負けた。あつちは国の膨大な医療予算を懐へ入れるのだから、ワシも敵はないよ。ワハハハ」
 
 最後に、角さんは追伸を打つてきた。
 「これから面白くなるぞ。きみももう新聞社をリタイアしたのか。それぢやあ、これを教へてやつても役に立たないだらうが、徳田のところはバックが良くない。そのうち分かるよ」