一つだけ間違ふことのないかをりがあつた。かをりといふより、にほひと言つたほうが適切な感じがする。たとへば、東南アジアのみやげ物店に一歩入つたとき鼻をつく、木工細工やアクセサリー、民族衣装などに絡みついたあのスパイシーなにほひだ。
「スモタラです」
香炉を畳に戻すより早く答へる。
「ふふ。これだけは毎回即答されますのね」
ホテルオークラの茶室聴松庵で茶の稽古を始めて数年、アラフォーの女師匠が一対一で香遊びを教へてくれた。ぼくは30代だつた。
キャラ、ラコク、マナバン、マナカなど七種類の香をブラインドで嗅ぎ分ける。昔から親しみのあるキャラや、扇子の白檀に似たサソラはすぐ分かるが、七種類全部言ひ当てるのは難しい。
「スモタラはお嫌ひかしら」
「ええ、ちよつと濃厚な癖があるので、どちらかといへば苦手です」
「まだお若いのよ」
師匠は白い湿潤な首すぢを傾けて笑つた。
最近、ある茶席の余興で香をきく趣向があつた。香炉を一座に回しながら、最初は香名を口伝へに明かす。2回目は黙つて回す。
懐かしいかをりだつた。香遊びは久しぶりなので、シンキャラやマナカは他と分別しにくかつたが、スモタラだけは鼻が覚えてゐた。香炉に手をかざしただけでそれと分かつた。
おどろいたのはその印象である。スモタラのかをりはいまや苦手などころか、奥行きがあつて情趣に富んで妖艶で、まるで円熟した女性のやうな、誘惑的な香気に感じられた。
医者から聞いた話だが、視神経、聴神経、顔面神経など12対ある脳神経の中で、人間にとつて最も基本的かつ高度なのは嗅神経ださうだ。生死にかかはるからだといふ。
この歳になつて、一転、スモタラのかをりが好きになつたのは、果たして嗅神経の成熟なのか退化なのか、気が気でならない。
