近ごろ多くなつたA4用紙が横三つ折りで入る洋形封筒でもない。長形4号とよばれる昔からの定型郵便封筒でもない。
 
 やや小さめの白封筒で、表面にクラウンのやうな薄茶の小さな模様が連なつてゐる。郵便受けにそれを見たとき、なにかしら厄介なものが舞ひ込んだといふ警戒心がまづ来た。
 
 あきらかに女使ひの封筒を受け取つて、淡い期待より、茫漠とした警戒心が先に立つところに、われながら歳を感じた。
 
 裏の差出人を見る。何も書いてない。いよいよ怪しい。
 表の宛名書きをみる。太めの万年筆で、インクはロイヤルブルーの、お世辞にも達筆とはいへない筆跡で、まさしくぼくの住所と名前が書いてある。見たことのある文字だ。
 
 名前の下に「様」ではなく、「行」とある。そこまで読んで、事情が分かつた。ぼくがぼくに宛てて、名古屋郊外の「明治村」で投函した封筒である。
 
 十年前だつた。姉夫婦と大晦日から名古屋のホテルに三泊四日の迎春ドライブ旅行をしたことがあつた。元旦は熱田神宮へ初詣、二日に明治村へ行つた。
 
 広大な丘陵地帯に、帝国ホテル旧館や病院、役所、図書館など、明治時代の洋館をいくつも集積した「建築の博物館」で、その一画に明治時代の郵便局を再現した、床がぎしぎし鳴る木造建築があり、「十年後のあなたに手紙を出しませんか」といふコーナーがあつた。
 
 定年まで数年といふときだつた。リタイアしたあとの生活がどう変化し、どう展開するかまるで予測がつかない。まして十年後ともなると、そのときの自分がどんな風体で、何をして生活してゐるか想像できなかつた。
 
 義兄は留守番をしてゐる息子に一万円札を封入して投函した。「十年後の貨幣価値がどうなつてゐるか分からないけどね」とつぶやきながら。
 
 ぼくは十年後の自分にあてて、「十年なんて、またたく間に過ぎてゐることでせう」などと数行書いた。自分に出す手紙は書きにくかつた。
 
 その通り、十年はまたたく間に過ぎ、日々の通勤はなくなつたものの、日常生活は淡々と変はらず、ほとんど新しい展開もなく、いまも十年前と同じ風体をしてゐる。外から見れば、風貌はいささか変はつただらうが。
 
 これがたぶん人生といふものだらう。これからの十年も同じに違ひない。淡々と、新しい展開もなくーーさういふことをみんなに自覚させるために、明治村が「十年後のあなたに手紙」の企画を立てたのだとすれば、それは「明治」といふ時代の眼識かもしれない。