年賀状を読むときに楽しみなのは、印刷の文面のあとの、短い添へ書きです。
「ご健筆をお祈りします」とか「今年もよろしく」などが多いのですが、1対1の個人的な用件が付記されてゐることもあります。
その中で僕が困惑するのは、以前からその方にお誘ひを受けてゐる団体や組織への加入について、「そろそろいかがですか」と催促を頂くことです。
もちろん誘つてくれるのは純粋にご好意からで、その団体、組織に入れば僕のしがない文筆活動や評論、講演にプラスになることは間違ひありません。
40年余、新聞社にゐた関係で、先輩後輩から「日本記者クラブ」を推奨されるのをはじめ、作家仲間からは「日本ペンクラブ」「日本文芸家協会」「エッセイストクラブ」などの勧誘を頂戴します。講演業の先輩からは「雑学クラブなども役立つよ」と声をかけて頂きます。
「こんど200枚の小説を書きました。元高級官僚が天下り先をリタイアした後の『生と性』の話なんですが、こんな老人小説を載せてくれる雑誌はあるでせうか」
記者時代の長いブランクで編集者との縁が切れてをり、昨秋、困り果てて相談した知人(日本ペンクラブ会員)からの年賀状には、「ペンクラブの話はどうしましたか。あそこは編集者も沢山ゐるからきつとお役に立ちます」とあります。
思ひ返せば、小学校のころから「群れる」のが嫌ひな子供でした。新聞社に入つても上司の系列のグループに加はるのがイヤで、正月二日は上司のお宅にグループが参集して新年会を開くのが慣例でしたが、僕はつひに一度も参加せず、正月には毎年家族旅行に出てゐました。
かういふと、テレビドラマの刑事物の一匹狼みたいでカッコいいですが、特別に信念があつて派閥に所属しなかつたのではありません。面倒なのです。
団体や組織に加盟すれば、それなりのメリットがあることはいふまでもないでせう。それが欲しくないのではありません。団体・組織の規律(といふと大袈裟ですが、つまりは「厳然たる慣例」)に従ふのが面倒なだけです。
会社の派閥に属して偉くなつた人はいつぱいゐます。いや、属さないで偉くなつた人を探す方がむづかしい。ある世界で出世するには、有力な派閥に属すこと。これが常識なのは、何も政界に限りません。文学の世界でもさうなのは、明治の昔から文壇の付き合ひとか、出版社・編集者を中心とする作家集団が幅を利かせてきた歴史が証明してゐます。
僕にはさういふのが性に合ひません。いまさらどうしやうもない性癖ですが、そんな僕にも唯一、大好きな集団があります。
昔から彼は何かを持つてゐると言はれてきました。いま僕が持つてゐるものが何か分かりました。それは飲み仲間です。――これには「厳然たる慣例」がないですから。
