親戚の30歳過ぎの娘さんが見合ひをし、その日のうちに仲立ちの方にお断りの電話をしたさうです。

 なぜ断つたか。親への告白では「男性の食事の仕方がイヤだつた」。
 ときどき耳にする理由ですが、実際、男がどういふ風に食べるのが「イヤだつた」のか興味のあるところです。

 以下、親からの又聞きを要約しますと、「男がむしやむしや食べるのがイヤだつた」といふのです。

 快晴の昼下がり、仲立ちの人とともに日比谷の帝国ホテルで会ひ、やがて二人だけで銀座へ歩き出した。ぶらぶらして喫茶店で小憩のあと、男性の案内でイタリアンのお店に入つた。ここまではお見合ひとしてまづまづの成り行きでせう。

 35歳の商社マンはワインを注文、乾杯してから料理の注文を始めた。メニューを女性に差し出し、女性がいささか躊躇してゐると、前菜からパスタ、メーン料理まで淀みなく選択して行く。

 男女の初対面としては順調な滑り出しです。飲めるクチのふたりはワインが進むほどに会話が弾みーーとなるのが一般的です。

「むしやむしや食べるつて、どうしてイヤなの。男らしくていいぢやないの」
 と母親が尋ねると、
「ウン、男らしいと言へばさうなんだけど……」
「ナイフ・フォークの使ひ方が下手で、食べ方が汚らしいとか?」
「ううん、上手よ。商社マンですもの」
「ぢやあ、何なの。ーー食べるのが早くてあなたを無視したとか?」
「さうでもない。普通」

 大手町にある某銀行本店に勤めるキャリア女性らしくもなく、娘の言ふことは要領を得ない。

「あなた、食べ方が気に入らないと言ふけど、本当は他に理由があるんぢやないの。会つてて退屈だとか、夫にするには頼りないとか」

「そんなことないわ。面白い人だつた。3年間シカゴで勤務した時の話なんかも有益だつたし、仕事の出来さうな素敵な男性よ」

 それでもこの縁談を断りたいのは、ひとへに「食事の仕方がイヤ」だからなのである。
 親は仕方なく、仲立ちの方に「男性がご立派過ぎて、娘は一生随いて行く自信がないと申しまして」と型どほり曖昧な理由にしたといふ。

 親の話を聞いてゐて、娘さんの心情がなんとなく分かる気がしました。
 彼女はたぶん、この先毎朝毎晩「この食事の仕方」を見せられるのでは堪らないと決断したのです。

 具体的にどのやうな「食事の仕方」なのかははつきりしませんが、「むしやむしや食べる」と聞くとやや想像がつきます。

 食事はある意味で、「食欲」といふ欲望を満たす動物的な行為です。性欲とか金銭欲とか快楽欲とかと同じです。

 かういふ欲望を遂げようとする姿を、僕たちは通常、他人に見せることを潔しとしない。なるべくなら人に見せないで済ませたい。食欲だけが例外です。食べる姿を他人に見せないわけにはいかない。

 しかし、この欲望もそれを充足しようといふとき、あまり露骨に、一心不乱に、あたかもライオンが獲物に食らひ付くやうに「むしやむしやと」食べるのは本来避けるべきものかもしれません。

 35歳の男で嫌はれるのですから、僕ぐらゐの年になつたらよほど気を付けて物を食べないと、老いらくの食欲は老醜そのものか。でも、僕は人前ではほとんど飲んでばかりゐて、あまり物を食べないからなあ、などと自戒半分です。