年賀状の作業が昨夜終はりました。こんなに早く出来あがつたのは珍しいことです。
いつも印刷屋に出してゐた文面をPCで作成したのと、ここ何十年と変はらない200人の宛先名簿の整理、修正が順調に進んだ結果です。
「おめでたうございます」の後の文面は、今年も近況など200字ほどですが、最近、ブログで行き当たりばつたりの駄文を書く癖が付いてしまひ、どうも文章に緊張感がありません。それぞれに数行のご挨拶を付け加へます。これもブログのコメントを打つノリが抜けない。
年賀状は人によつては保存される方がいらつしやいます。少なくとも、来年また年賀状を書くまでは仕舞つてをく方が多いのではないでせうか。
ブログは後で消去しようと思へば、相手先にお邪魔して消すこともできますが、年賀状は出してしまへばどうしやうもない。誤解を受けるやうな表現、語彙は避けなければなりません。
庭のカエデもすつかり裸になりました。ことしは例年ほどけざやかな赤を見せてくれなかつたとはいへ、かうして散つてしまへば、紅葉を懐かしむ気持ちは例年と変はりません。
消えてしまふものはいいですね。その儚さ、あえか、頼りなさ、その乙女のやうな美しさが残像として心にとどまります。
消えないものは怖い。印刷されて、残るものは怖い。
前に書きました「銀座15番街」の近刊が今週発行され、僕の雑文が載つてゐます。これも最初は平野園さんにメールを差し上げてから始まつた話で、正直いふと、原稿を依頼されてもなんとなくネットに綴るやうな気分で書きました。
掲載されたものを読むと、これが三か月前に自分の書いたものかと疑ひたくなる、なんともだらしない文章になつてゐます。
ペンネームで書くものは残されることを覚悟して、いやむしろ残したい意気込みで書きますから、執筆時からそれなりの気構へが出来てゐます。こちらは逆に消えて欲しくない。
でも、世の中、消えるものがいいんですね。花や紅葉や乙女のやうに。
いつも印刷屋に出してゐた文面をPCで作成したのと、ここ何十年と変はらない200人の宛先名簿の整理、修正が順調に進んだ結果です。
「おめでたうございます」の後の文面は、今年も近況など200字ほどですが、最近、ブログで行き当たりばつたりの駄文を書く癖が付いてしまひ、どうも文章に緊張感がありません。それぞれに数行のご挨拶を付け加へます。これもブログのコメントを打つノリが抜けない。
年賀状は人によつては保存される方がいらつしやいます。少なくとも、来年また年賀状を書くまでは仕舞つてをく方が多いのではないでせうか。
ブログは後で消去しようと思へば、相手先にお邪魔して消すこともできますが、年賀状は出してしまへばどうしやうもない。誤解を受けるやうな表現、語彙は避けなければなりません。
庭のカエデもすつかり裸になりました。ことしは例年ほどけざやかな赤を見せてくれなかつたとはいへ、かうして散つてしまへば、紅葉を懐かしむ気持ちは例年と変はりません。
消えてしまふものはいいですね。その儚さ、あえか、頼りなさ、その乙女のやうな美しさが残像として心にとどまります。
消えないものは怖い。印刷されて、残るものは怖い。
前に書きました「銀座15番街」の近刊が今週発行され、僕の雑文が載つてゐます。これも最初は平野園さんにメールを差し上げてから始まつた話で、正直いふと、原稿を依頼されてもなんとなくネットに綴るやうな気分で書きました。
掲載されたものを読むと、これが三か月前に自分の書いたものかと疑ひたくなる、なんともだらしない文章になつてゐます。
ペンネームで書くものは残されることを覚悟して、いやむしろ残したい意気込みで書きますから、執筆時からそれなりの気構へが出来てゐます。こちらは逆に消えて欲しくない。
でも、世の中、消えるものがいいんですね。花や紅葉や乙女のやうに。
