「さうですね、年内に片付けますか」
「まあ、年内がムリでも、遅くても年度内にはお願ひしたいですね」
時節柄こんな会話が多くなりました。
人間、期限を切られたはうが仕事がしやすいといふこと、ありますよね。
ブログを書いてゐるみなさんはどうなんでせうか。
僕もたぶんみなさんと同じで、物を書くことは億劫ではない。ところが、この欄の更新は月に1、2回しかできてゐない。
これは思ふに、締め切りがないからなんです。
いつまでに書き上げなくちやあといふ制限がない。生来の怠け者、いつまでにと指示されないと、ずるずる後延ばしになつちやふ。
新聞記者時代には、夕刊は正午過ぎまで、朝刊は夜の10時ごろまでといふデッドラインがありました。夕方までに提稿できないまま、クラブのある国会議事堂を出て晩飯、そのあと少々飲んでゐても、10時ごろまでには社に上がつて記事を書き上げなければといふ抑圧が常にあつた。当然だけど締め切りに遅れたことは一度もない。いつまで、と言はれれば守る。
小説もさうです。月刊誌の締め切りはたとえば10日ごろと決まつてゐる。メール送信。1週間後にゲラ直しが来る。直したゲラを送つてしまへば、余程のことがなければ追加の直しは入れない。制限時間は守ります。
このブログには、いつまでといふ期限がない。書いても書かなくてもいい。
これがいけないんですね。書きたいことがないわけぢやあない。書く時間がないわけぢやあない。書くことが面倒くさいのでもない。でも、一日延ばしになつちやふ。
ところが皆さんのブログを見ると、日に2つも3つも更新したりしてゐる人がゐる。エライですねえ。尊敬します。
期限がなくても、催促されなくても書く。よほど書くことが好きな人が、ここには集まつてゐるんでせうね。書きたくて書きたくてしやうがない人がーー。
ここでやはり、自分の内部のちよつとヤマシイ心情を告白しなけりや公平ぢやない。
新聞記事も小説もおカネになります。どうも、この因子がかなりの部分を占めるのかな。
「まあ、年内がムリでも、遅くても年度内にはお願ひしたいですね」
時節柄こんな会話が多くなりました。
人間、期限を切られたはうが仕事がしやすいといふこと、ありますよね。
ブログを書いてゐるみなさんはどうなんでせうか。
僕もたぶんみなさんと同じで、物を書くことは億劫ではない。ところが、この欄の更新は月に1、2回しかできてゐない。
これは思ふに、締め切りがないからなんです。
いつまでに書き上げなくちやあといふ制限がない。生来の怠け者、いつまでにと指示されないと、ずるずる後延ばしになつちやふ。
新聞記者時代には、夕刊は正午過ぎまで、朝刊は夜の10時ごろまでといふデッドラインがありました。夕方までに提稿できないまま、クラブのある国会議事堂を出て晩飯、そのあと少々飲んでゐても、10時ごろまでには社に上がつて記事を書き上げなければといふ抑圧が常にあつた。当然だけど締め切りに遅れたことは一度もない。いつまで、と言はれれば守る。
小説もさうです。月刊誌の締め切りはたとえば10日ごろと決まつてゐる。メール送信。1週間後にゲラ直しが来る。直したゲラを送つてしまへば、余程のことがなければ追加の直しは入れない。制限時間は守ります。
このブログには、いつまでといふ期限がない。書いても書かなくてもいい。
これがいけないんですね。書きたいことがないわけぢやあない。書く時間がないわけぢやあない。書くことが面倒くさいのでもない。でも、一日延ばしになつちやふ。
ところが皆さんのブログを見ると、日に2つも3つも更新したりしてゐる人がゐる。エライですねえ。尊敬します。
期限がなくても、催促されなくても書く。よほど書くことが好きな人が、ここには集まつてゐるんでせうね。書きたくて書きたくてしやうがない人がーー。
ここでやはり、自分の内部のちよつとヤマシイ心情を告白しなけりや公平ぢやない。
新聞記事も小説もおカネになります。どうも、この因子がかなりの部分を占めるのかな。
