まう10年以上担当をしてもらつた床屋の若い衆が、会計を済ませて帰らうとすると、
「実はーー」と呼び止める。

 「6月いつぱいで田舎へ帰ることになりました」

 「ああ、さう。それは残念だなあ。で、田舎つてどこですか?」

 「札幌です。北へ帰ります」

 ここでふと、このせりふ、どこかで聞いた覚えがあるぞ、と思ひ出す。

 四谷の「藤寿司」の若いイタさんが、五六年前になるだらうか、

「長いことお世話になりました。実は、こんど北へ帰ることになりました」

 と直立不動、カウンター越しに挨拶したのです。

「北へ帰ります」
 当時、このせりふに痛く感動しました。
 
 思はずそのころ編集長をしてゐた週刊誌の編集後記に書いたくらゐですからね。
 「南へ帰ります」では、かうはキマラない。「北」だから悲壮感といふかロマンといふか男らしいといふか、とにかくサマになる。

 その床屋では、随分担当者が交代しました。ある女性は独立して白山の店へ移つた。白山なら通へないこともないから一度行つてみようと思ひつつ、かういふ思ひは遂げられたためしがない。

 寿司屋と床屋。
 どこか共通点があるんですね。

 寿司屋は、自分の手で、指で握つて出してくれる。肉体の一部が商品につきまとふ。
 床屋は、自分の手で、指で髪をカットし、頭を洗ひ、ひげを剃る。肉体でサーヴしてくれる。

 そのせゐでせう、馴染みになると相手に愛着を覚える。別れがつらいといふほどではないがどことなく寂しい。

 まあ、あへて言へば、付き合つてきた女に別れを言ひ出された感じかな。肉体で……。