最後の日のランチも満員でした。

 この日の肉料理はビーフストロガノフ。肉汁の旨味が溢れたソースがいつもながらに絶品で、お行儀の悪いことをして、ライスをソースの中に移し一滴残らずきれいにして来ました。

 若い客の多い店でしたが、この日ばかりはみんな帰り際に厨房にゐるおやじのそばへやつてきて一言挨拶して帰ります。閉店といふのは常に寂しいものですが、おやじは来年1月からさいたま市に自前のマンションを建て、完成したらその一角でイタリアンを開くことが決まつてゐるだけに、涙の閉店ではありません。

 「きつと大宮へ行きますから」
 「よろしくお願ひします。味は変はりませんが」
 「この味でお願ひします」
 さう言つて、二十代のサラリーマンが別れを惜しんでゐます。

 馴染みの店がまた一つなくなつたのは困つたものですが、永年、埼玉から江東区の隅田川沿ひまで通つて客をつかみ、マンションを建てる資金を稼いだおやじを祝福してあげませう。ちなみに、土地は父親からの遺産ださうです

 「マンション建てるつて、設計は?」
 と僕。
 「また、それを言ふ。アネハぢやありませんよ」
 とおやじ。
 最後は笑ひで別れられました。再来年1月、大宮店での再開が楽しみです。