悲しいことです。また、行きつけのお店が消えます。

 些細なことのやうですが、僕にとつて、馴染みのお店が閉店するといふのは自分の肉体の一部が閉ぢられる感じです。隅田川の永代橋を渡つてすぐのところにある「大塚亭」が、来月15日を以てクローズする、と主人の名コック・大塚さんから先週打ち明けられました。

 自宅のあるさいたま・大宮区に店を開くといふのですからおめでたい話なのですが、毎日のやうに通つてゐた人間にとつてはまさに片棒を失ふペットレス症候群みたいなもの。大塚亭になつてもう8,9年になるでせうか、この店も初代から数へて3代目、通行人の少ない土地柄だけに変化の激しいお店です。

 この歳になると、行きつけのお店が消えるといふ苦痛を何回も味はされます。

 一番のショックは、四十代のころ、六本木の防衛庁の東にあつた「とんかつ太郎」が閉めると聞かされたときでした。それこそ昼も夜もといふ感じで、夫婦ふたりきりでやつてゐる店に飲みに行きました。

 平太郎おやじが「疲れました」と言つて店を畳んだのが二十年ほど前。深夜、閉店になつてから、ご夫妻と四谷、渋谷と遊び歩いたものでした。今は年賀状をやり取りする仲で、毎回「また、わいわい飲みたいですね」と付記するだけ、なかなか実現しません。

 人形町の料亭「うめ多」が消える時も泣けました。芳町芸者だったママが「毎月三百万の赤。まうダメだわ」といち早く閉店を知らせてくれましたが、早く知つても嬉しくなんかない。港区二の橋のステーキ屋「さむらい」の閉店もさびしかつた。単なる安ステーキの店ですが、四十年前、ここへ10年通つてワインの初歩を学びました。隅田川べりにあつた江東区の料亭「生庵」では仲居さんと仲良くなりましたが、昨年店が消え、今はアパートのやうなものが建築中です。

 一つ馴染みの店が閉まると、自分の余生も一つ少なくなつたな、といふ実感が迫ります。若い人には分からない感傷でせうがーー。