心神喪失者等医療観察法と記録管理 | T. Watanabe Web 

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アーカイブズ学,経営学|和而不同,Love & Peace|1969

心神喪失者等医療観察法(以下,医療観察法)は,正式名称を「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律」といい,2003年に成立,2005年に施行されました。心神喪失または心神耗弱の状態で,殺人,放火,強盗,強制性交等,強制わいせつ,傷害という6罪種を行った者に対して,それらの行為を行った際の精神障がいを改善するために,法律による医療を強制的に受けさせて,その社会復帰を促進することを目的としています。法案成立のきっかけは,2001年に発生した「池田小学校事件」ですが,実は同事件の犯人には責任能力が認められ,医療観察法の対象者とはならず,刑事裁判によって裁かれ,死刑が確定。早々に刑が執行されています。

 

個人的に縁あって,医療観察法の対象者によってご家族の命を奪われた方と,今後同法と被害者の関係について考えていく機会を得られそうなので,基本的なところから勉強し始めたところです。

私は現在,精神障がい者と接する仕事に就いており,彼らを含めた心理的困難を抱えた人たちを支える立場で働きたいと思っている一方で,広く市民の権利を守り,且つ歴史の生き証人として機能する記録管理やアーカイブズ管理に,それなりの年数関心を寄せてきましたので,本テーマの検討に主体的に関わっていきたいと考えています。

 

まずは,医療観察法についての文献や論文を当たってみましたが,現在のところ,問題提起は主に法律の対象者,つまり重大な他害行為を起こしてしまった精神障がい者の人権という観点から論じられてきているようです。そもそもの立法趣旨(保安処分ではないか)の危うさや,施行後の法律の効果検証が曖昧なことなど,確かに問題なしとしません。

他方,被害者やその家族の視点は,あまり重視されて来ていないように感じます。端的に言えば,事件が医療観察法の枠組みにはまってしまった途端に,刑事裁判の道は絶たれることになり,被害者側の声を受け止める制度的手当ても絶たれることになります。さらに,対象者への医療行為と社会復帰に向けての配慮が最優先され,事件そのものの検証や対象者の状況についての情報を被害者が手にする可能性が著しく制限されています。

 

対象者である精神障がい者の治療や社会復帰は,彼らを我々の社会でどのように包摂していくのか,というテーマに繋がる重要な課題だと考えます。他方,被害者の権利(人権)も等しく尊重されなければならないはずです。

 

医療観察法に基づく,検察官の申立てによる審判手続以降,被害者側として知りたい記録情報は,対象行為の存在を立証する供述調書,簡易鑑定書,そして裁判書などということになりそうです。これらは刑事裁判の確定記録と同じく,担当の検察庁に保存されるようです。保存期間は確定後5年でしょうか。但し,医療観察法の48条には,決定確定後3年を経過しない間に被害者等から申出がなされた場合,対象者の氏名および住居や決定の主文および理由の要旨を通知することになっており,開示と保存の両面から実態を深堀する必要があるように思います。

また,医療観察法による入院治療は国公立の指定入院医療機関,通院治療は民間の病院を含めた医療機関によって行われ,当該医療機関には医師法上の診療録の保存(5年)が義務付けられているはずですが,被害者側からの請求で開示されることはまずないと思われます。

一連の処遇は,保護観察所による保護観察下で行われます。保護観察に関わる記録は,保護観察終了後10年保存のようですが,その間,被害者側に開示されるのは,ごく限られた情報だけです(本開示は,被害者側の権利を求める活動も受け,2018年に法務省通達によって始められたようですが,法令上の根拠を欠くことや対象者の社会復帰を阻害しかねないことから,日弁連辺りからは批判も強いようです)。

 

もともと,アーカイブズ学の観点からは,日本の司法文書の保存とその利用について,法的な手当でが脆弱であることが問題視されてきました。たとえば,全国50の地方検察庁,51庁の保護観察所の記録管理が保存期間満了後の処分も含めて,どのように運用されているのか知りたいところです。

また,現在30箇所強の国公立の指定入院医療機関における記録管理についても気になります。

 

考えたくないことではありますが,我々誰しもが,対象者にも被害者にもなり得ます。その際,他の市民と同じように社会の一員として生きていく権利を担保してくれる拠り所として,特に公的な記録の在り方という観点から,引き続き本テーマに取り組んでいきたいと思っています。

 

 

(2022年8月13日)