【書籍紹介】山田朗(2017)『昭和天皇の戦争』、岩波書店 | T. Watanabe Web 

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アーカイブズ学,経営学|和而不同,Love & Peace|1969

2014年に、宮内庁編纂の『昭和天皇実録』が一般公開され、その後出版された。「実録」は、「一般に閲覧できない旧宮内省の内部史料を非公開のものまで含めて活用し、天皇の言動が詳細に記録され」たものであり、僕も相当の権威ある史料だと考えている。

 

しかし、著者の山田朗によれば、「天皇の戦争・戦闘に対する積極的発言とみなされるものは、極めて系統的に消されてしまっている」というではないか。

本書は、「実録」を読み解いた著者が、「昭和天皇の「正史」としての「実録」に何がどのような観点で残され、そして何があえて消されたのかを」、「戦後70年以上を経過した時点での<戦争の記憶>の<公的な継承>お到達点と問題点(欠落点)」を明らかにする上で検証した業績である。

 

 

はじめに-「昭和天皇実録」に残されたこと・消されたこと

第Ⅰ部 大元帥としての天皇-軍事から見た「昭和天皇実録」の特徴
第一章 国務と統帥の統合者としての昭和天皇

1 国策決定のための御前会議

2 軍事戦時決定のための大本営会議

3 戦況奏上の様相

第二章 軍事と政治・儀式のはざま

1 天皇と観兵式

2 天皇と陸軍特別大演習

3 天皇と海軍特別大演習

第Ⅱ部 昭和天皇の戦争-即位から敗戦まで

第三章 軍部独走への批判から容認へ-満州事変

1 張作霖爆殺と田中義一内閣総辞職

2 満州事変と国際連盟脱退

3 二・二六事件

第四章 戦争指導・作戦指導の確立-日中戦争

1 日中全面戦争の始まりと御前会議開催論

2 軍部人事への天皇の介入

3 日中戦争泥沼化への対応-張鼓峰事件宜昌作戦

第五章 アジアとの戦争/欧米との戦争-南進と開戦

1 武力南進路線

2 対英米戦への躊躇

3 対英米開戦論への傾斜

4 緒戦の勝利

第六章 悪化する戦況と「国体護持」-戦争指導と敗戦

1 昭和天皇の戦争指導① ガダルカナル攻防戦

2 昭和天皇の戦争指導② 天皇の決戦要求

3 戦況の悪化-天皇と軍事情報

4 「終戦」の「聖断」

おわりに

 

著者は、「実録」から消されているものを次々に指摘する。例えば、

 

・1941年、現在のマレーシア・シンガポール・インドネシアの各国にあたる領域を「帝国領土ト決定シ」た御前会議の決定について、記述していない。

・1942年、天皇が作戦指導の主導性を発揮した(ガダルカナル島への陸軍航空部隊の派遣)参謀総長とのやり取りと翌日の陸軍統帥部の決定について全く記述していない。

・1943年、アッツ島「玉砕」を契機にして、統帥部に対して強い口調で「決戦」を要求するようになる天皇の言動は全く記録されていない。

 

といったものだ。

そして、昭和天皇について「過度に「平和主義者」のイメージを残したこと、戦争・作戦への積極的な取り組みについては一次資料が存在し、それを「実録」編纂者が確認しているにもかかわらず、そのほとんどが消されたことは、大きな問題を残した」と総括する。

 

僕は「実録」が権威ある史料であると考えていると述べた。著者も「その史料的価値は相当に高い」と一定の評価はしている。

その一方で、「御前会議の叙述に関していえば、従来、明らかになっていること以上のものはほとんどない」などと厳しく切り捨てるところもあり、それは、「御前会議については、すべての決定事項の原資料を掲載すべきだった」のに、それをしなかった、記録が一様ではない、ことに大きな要因があると考えているようだ。

 

「実録」は唯一の「正史」ではなく、数ある史料のうちの一つとして読むべきということだろう。公文書には権威はあれど、必ずしも史実を正確に詳細に語っているとは限らない。その価値は民間史料との合わせ技で生きるものだ。トータル・アーカイブズ。

 

なお、本書では、「当初は現地軍の拡大に消極的でも、実際に戦闘が起き戦略的価値があると見るや積極的作戦を促す」、「統帥部のような強引なやり方は困るが、結果として領土・勢力圏の拡大することは容認する」という「昭和天皇の戦略判断」が繰り返し指摘されているが、これは当時の状況を鑑みるに、昭和天皇でなくともそうならざるを得なかったと考えることはできないだろうか。言わば、極めて「あり得る」戦略判断であったと。逆に、あの時代に「消極的」で「強引さを嫌う」ところがあったと裏付けられているのであれば、少なくとも平和主義的志向の持ち主であったという評価はさほど妥当性に欠けるとは思われない(もちろん、著者は昭和天皇が好戦的な戦争指導者であったと結論付けているわけではない。過度に平和主義者だったというイメージは正しくないのではないか、という問題提起を行っているに過ぎない。また、天皇の戦争責任については全く別の議論が必要だろうし、著者もあえてそこには触れていない)。

 

本当は、「実録」を自分で読めば、また違った見解を持つことができるのだろうが…。

 

(2017年7月22日)