【書籍紹介】Ringelblum著(1982)『ワルシャワ・ゲットー』みすず書房 | T. Watanabe Web 

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アーカイブズ学,経営学|和而不同,Love & Peace|1969

邦訳は大島かおり入谷敏男 両氏。底本は1958年発行で、編者はJacob Sloanである。



序文
ゲットー以前
 1940年1月‐9月
ゲットーに移る
 1940年10月‐11月
ゲットー生活
 1940年12月‐1942年6月
ゲットーの壊滅
 1942年7月‐12月

この本を知ったきっかけは、Timothy Snyder の『ブラッドランド 』にRingelblum のアーカイブズについて記述があったからだ。

関連記事:【書籍紹介】Timothy Snyder著、布施由紀子 訳(2015)『ブラッドランド』筑摩書房
http://ameblo.jp/tsuyoshiwatanabe/entry-12168008946.html

今まで知らずに過ごしてきた不明を恥じ、古い著作だが紹介しておきたい。

Ringelblumは、ポーランド/ワルシャワのユダヤ人歴史家である。彼はドイツ占領下のワルシャワで、自ら見聞したことを記録として書き残すと同時に、外部の記録も収集し、「O・S」(Oneg Sabbath )というアーカイブズを運営していた。Oneg Sabbathとは、「安息日を守る人びと」という意味である。

訳者のあとがきによれば、
・リンゲルブルムの手稿は原本がユダヤ史研究所に保管され、その写しがイスラエルのナチ時代に関する国営る記録保管所、ヤド・ヴァシェムにある。
・本書がその一部をなしている厖大な「オネグ・シャバト地下史料集」は、大きく分けて二つの部分から成り立っている。
・構成要素その一は、ナチ・ドイツによるワルシャワ占領から1943年2月までの蒐集資料で、3回に分けてゲットーの地下に埋められていたもののうち、最初の2回の分が発見されている。その内容は、
1.アンケート調査、報告、年代記、日記、手記、手紙、文学的資料等
2.ドイツ占領軍当局の布告・命令と、ゲットー諸機関の布告・声明・議事録等の公式文書
3.秘密文書、とくにさまざまな国語による非合法出版物
4.個別的テーマごとにまとめた研究報告書・論文等
である。
・構成要素そのニは、リンゲルブルムがその後ゲットーで1943年4月まで書いたものと、トラヴキニ労働収容所脱出ののちワルシャワのアーリア人地区にひそんでいた1943年8月から1944年2月末までの間に書いたいくつかのモノグラフと覚え書である。


Ringelblumは感情を押し殺し、見聞したものを淡々と書いている。

「死が街のいたるところにある。子供たちももはや死をこわがらない。ある中庭で子供たちが、死体をくすぐるゲームをして遊んでいた」

もちろん、読んでいて面白い書物ではない。が、救いを感じる記述に出会うことがあった。

「ゲットーが封鎖された翌日、多くのキリスト教徒がユダヤ人の知人、友人のためにパンをもってきた。これは非常に広汎に見られた現象だった」

「数人のごく若い兵隊たちが出てきて、私たちの顔を打つのです。みんな血を流しました。ほかの二人の兵隊がこれを見てひどく心を痛めて、抗議しはじめました。すると相手は、ポーランドのドイツ人(民族ドイツ人)がひどい暮しをしているのはユダヤ人のせいだと答えました。二人は、それはユダヤ人の罪じゃない、ポーランド政府の政策のせいだと言い返しました。私たちを殴った兵隊は立ち去り、私たちの弁護をしてくれた二人もいっしょに行きましたが、そのあとときどき見にきてくれました。とくに一人がそうでした。二人は血を洗うための水を運んできて、すまないことをしたと言いました」

Ringelblumたちは、将来世代に対してドイツ政府とポーランド政府に説明責任を果たさせるため、いや、自ら責任を果たすためにアーカイブズを残しただけでなく、収集した資料をナチに対する武器として、即ちポーランド亡命政府や連合国、或いはドイツ国民への報告・プロパガンダの材料として使った。アーカイブズ学的に言えば、現用・非現用両面の価値を十分に意識した記録管理戦略を持っていたということであろう。
Ringelblumは、アーカイブズを地下に隠したあと、1944年3月7日、妻と12歳の息子とともにワルシャワの廃墟で処刑された。
彼は、大学では経済学を学び、のちに社会学に転じ、最後は歴史学を専門としたそうだ。経済学と社会学の道具は手放すことなく使い続けたという。「リンゲルブルムは、より広い語義における社会科学者であった」というのが、編者であるJacob SloanのRingelblum評だ。

戦争史料・迫害の史料として一級品のアーカイブズであることは間違いないが、社会科学と歴史学・史料学の邂逅という意味でもRingelblumの業績は意義深く、その手法には学ぶべき点が多い。

(2016年6月26日)