目の前で仲いい人が泣いているとという状況がこれまでに何度かあった。
4年前のこの季節くらいだったか、苦しんでいる人に手を差し伸べたはずが逆に相手を混乱させ自分も苦しむこととなった。
あの時は公園で泣いているその人の横にただ居座ることしかできなかった。
泣くという現象はつらい感情が爆発して我慢できなくなったときに起こるものだと思っている。
人によっていきなり爆発する人もいれば積もりに積もりまくってから爆発する人もいる。
4年前の人は両方を兼ね備えたタイプだったと思う。
できることなら撫でて抱きしめて安心させたかった。別に変な意味ではなく生き物同士という次元で。
目の前で人が泣き始めたらどのような対応をとるべきなのだろうか。
もちろん対象によるだろうが、どうしたの?と近づいて寄り添うのか、それとも落ち着くまでそっとしておくのか。
自分は絶対に後者の行動をとってしまう。それは多分自分が泣いているとき人に見られたくないし話しかけられたとしても返せないしほっといてくれとなるからだ。吐いているときも同じ心情だと思う。
今回のケースはつらい話を打ち明かしてくれてその直後に急に涙が込み上げてきたパターンであったように思う。
急に黙り込み、少し距離をとって座り、背を向けるまではいかないが角度を変えて顔が見えないようにしていた。
鼻をすすっていたし目をおさえていた様子から泣いてたんだろうなと思う。
もしかしたら泣いてなかったかもしれないが。
どうしたらいいかわからなかった。だから泣き止むまで待った。
人が泣いているときはどんな言葉をかけられると楽になるのだろうか。
これもまた人によるとは思うが、案としては頑張ったね頑張ってるねと励ます、つらかったなとねぎらう、相手が悪いのだと味方する、強くなれと鼓舞して追い込む、くらいだろうか。
一番最後のは男かつ後輩くらいにしかしたことがない。
今回別件で電話を通して泣いている人と話したのだが、この場合はひたすら励ますことで効果が見えたのでそうした。
いつもかっこいい言葉が思いつかないときは行動で誠意を示すことにしている。
何をすれば相手が楽になるかをひたすら考える。
今回の件も相手の好きな食べ物を知っていたからそれを買いに行って一緒に食べたり、その後ひとりになりたくなさそうに見えたから一緒に散歩したり、といった風に。
2年半ほど前友達が失恋して部屋に泣きながら転がり込んできたときも無理やり外に連れ出して美味しい和菓子屋さんで甘いものを食べた。
何をしててもそのつらいことで頭がいっぱいになったときはしばらく作業をやめて無心になれることをすればいいんだよと伝えたいのかなと自分で分析して思う。例えば外で座ってぼーっとしたりひたすらまっすぐドライブか自転車をこぐとか。
または自己暗示で無理矢理集中モードにもっていくか。ひたすらシンプルで同じ絵を描くことで雑念が減って減りきったころに作業に復帰する、音楽を大きめに流して没頭して段々小さくしていって十分小さくなったところで作業に復帰する。など。
なんだかんだ自分の中では泣いている人を目の前にしたときの行動パターンは決まっているようだ。
しかしここで結局何が言いたいかというと、4年前も今も泣いている人を目の前にしたときどうすればいいかわからず悶えるという点で全く成長していないということ。こんなに顕著に数年前の自分と今の自分を比べられるコンテンツは今までなかった、性格とか精神の面では。
今も昔も同じような行動をとったということはそれが自分の中で正解なのだと思う。もしくは経験不足か。
目の前で涙を流せる人ってどれだけいるだろうか。泣き虫の人なら誰でも泣き顔をみたことがあるだろうが、普段泣く印象がない人はだいたい人前で涙を流すことを嫌がるのではないだろうか。
逃げ場がない場合を除いて人の前で泣くということはその人を信頼している、この人になら弱い面を見せれると思っているのだろうか。
もしかしたらその場でこっそり涙を流すほうが場を立ち去るよりばれにくいと思っているのかもしれないが、泣いている人は態度、息遣いですぐわかる。
個人的に目の前で泣いたことのある人、泣かれたことのある人は信頼している人しかいない。と思う。
見せてくれた涙を無駄にしないためにも、より心を開いてその人と接していきたいと思う。