対馬シーロード -2ページ目

対馬シーロード

国境の島:長崎県対馬市から発信。
朝鮮通信史絵巻の人形300体を制作中。
















     

私がブログを始めたころの作品です。

ブログの記事で

お母さまとのことを書いてありました。

私のイメージで仕上げた作品です。

着物は今は希少な大正ちりめんを着ています。

 

 

帯も着物も大正時代の古布使用です。

お母さまも大正生まれでしたか。

 

孫さんはおてんばさんで、

今年空手の試合でよい成績でしたね。

貴方が孫さんのことをブログに載せたあったころは可愛い盛りでした。

このお人形はあなたのブログからイメージして作りました。

大人 身長55センチセンチ

子供は33センチです。

 

お人形は嫌いな方もありますが、

よろしければ大阪イチゴさん家に旅行したいのです。

人形ですから、食事も。寝室も準備されなくていいのですが。

ケースの中でなくても本棚でも居場所を下されば

人形も居場所があってうれしいです。

もう対馬には帰りたくないでしょう。

人形は好き嫌いがありますが。、突然に申し訳ありません。

 

腕や指はアルミ線が入っていますから、手提げ持つこともできます。

10本の指は自在に動きます。

 

 

 

 

 

 

 

先週の日曜日、対馬病院勤務の弟が

サツマイモを届けてくれました。

 

実家の千坪の敷地を管理してるので休日は見回りもかねてきます。

長さ37センチ。重さ約3K

私は袋の中も見ないで

休みでわざわざ届けてくれてありがとうね。」

 

 

 

 

袋を開けてびっくり・

あまりに大きすぎて少し気持ち悪い気がしました。

私は子供みたいに不思議に思い。質問しました。

「どうして、こんなに大きくなったのね。」

 

少し笑みを見せながら。弟は笑います。

 

「それは芋を植えたときの土の成分。状態もあるそうな」

 

「もみ殻など多くして土などに植えると芋がとても大きくなるようだね。」

 

「生物は環境が大切なんだね。人も良い環境が大切ね。」

とそんな姉弟話しをしました。

 

そのころ大阪で農家のブロ友さんがブログに

 

今年はサツマイモが大きくなりすぎて。販売がよくないとありました。

きっと気候の変化でしょう。

 

 

 

空瓶に水入れて、小いさなサツマイモを入れていたら

目に見えるように

毎日毎日ツルを伸ばしていくのです。

 

愚痴も。文句も言わない

生きようとして目に見えて成長する様子に感動です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はしばらくブログを休んでました

それでも、更新をしてなくても、

皆さま訪問いただき。ありがとうございます。

 

   私は後期高齢者で、抗がん剤治療を受けながら、

まだ職を持ち、気持ちは年を重ねません。

    パソコンの機種を変えたら、慣れなくて、ブログを遠のけていました。

 

  

 

 

まだ未完成の趣味もあり、気持ちはまだ青年ですが。

       

 書類整理していましたら、長寿の心得がありました。

愚痴や不満はなるべく思わないように。

考え方を前向きにすること。

       

 

 

 

 

 

漁師さんが事務所の横の流しに、

「魚置いとくよ。」声をかけています。

 

対馬ではこの魚をほしかり

 といいます。みそ汁においしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月に入っても 猛暑がまだまだ続いて

エアコンにお世話になりながら

仕事頑張っております。

 

 

台風がやって来るようですね。

災害が心配です。

 

九州を縦断しそうです。

 

台風の進路予報に注意して

警戒してください。

 

2018年4月25日、

対馬の自然と生き物を

写真にたくさん残し、

国分 英俊さんは

写真集を自費出版して

別世界に旅発ちました。

 

 

 

2025年4月19日~2026年1月19日

まで

写真展示が対馬博物館で

開催してます。 観覧無料です。

 

 

 

対馬の自然が大好き人間で、

鳥、花 動物すべてカメラに収めて

何度か自費出版しました。

 

長崎県公立小中学校校長を退職後。

しばらくは元気でしたが

病気には勝てませんでした。

 

対馬の自然をこよなく愛し

鳥や植物と語り、

私には最高の人生に見えました。

 

国分さんが元気なうちに

高校の同級生に声をかけて。

趣味の作品展をしようと誘いました。

 

対馬の 若田硯 対馬のラン 陶器 とにかく対馬のものを

 

 

 

 

会場準備は

言うほど簡単ではありませんでした。

 

その時

私の中では主役の国分さんは

日延べができない体調だと感じました。

 

[思い立てば、蔵が建つ」

 

明治生まれの曽祖父に育った私は

子供らしいことより

そんなかんじでした。

 

何事でも思い立てば

行動しないと進まないと思うです。

 

展示を終えて、解散の時に

「お互い生きてたら80歳展をするね?」

皆さん笑顔でしたが、お疲れ様子

 

 

朝鮮通信使人形・・・順風作