私は熱心なファンではないけれど、彼の訃報を
耳にしたときは少なからずショックでした。
少し時間が経って、考えていた以上の喪失感があって、
自分でも驚いています。
昨日の読売新聞に角田光代さんが寄せた文章が
とても素晴らしかった。
(略)
あまりにも多くのことを教わった。ロックは単に輸入品でないということも、
音楽は何かということも、日本語の自在さも、詩の豊穣さも、清志郎の音楽で
知った。それから恋も恋を失うことも、怒ることも許すことも、愛することも
憎むことも、本当にその意味を知る前に私は清志郎の歌で知った。
二〇〇六年夏、清志郎が喉頭癌で入院したというニュースを聞いたときは、
神さまの正気を疑った。でも彼は帰ってきた。
二〇〇八年の完全復活ライブで、今まで以上にパワフルな清志郎の
ライブアクトを見て鳥肌が立った。神さまだってこの人には手出しできない
んだと思った。それで、信じてしまった。
このバンドマンはいつだって帰ってきて、こうして歌ってくれる。愛し合って
いるかと訊いてくれる。癌転移のニュースを聞いても、だから私は待っていた。
完全再復活をのんきに待っていた。
忌野清志郎は、変わることも変わらないこともちっともおそれていなかった。
彼の音楽はつねに新しく、でも、つねにきちんと清志郎だった。不変と変化を
併せ持ちつつ先へ先へと道を拓き、私たちは安心してその道をついていけばよかった。
清志郎のことを思うと私はいつも魯迅『故郷』のラストの一文を思い出す。
「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」。
道なき地上の先頭を、清志郎はいつも歩いていた。この人をすごいと思うのは、
そのあとを歩くのが音楽にかかわる人ばかりではないからだ。あまりにも多くの人が、
それぞれに清志郎の影響を受け、その影響を各々の仕事のなかで生かしている。
(略)
私たちはこの先ずっと清志郎の音楽に触れその声を聴くことができる。
わかっていても、今はただただ、どうしよう、と思うばかりだ。
ご冥福をお祈りします。