「不定点観測」 - 不動産売買仲介営業のブログ -14ページ目

「不定点観測」 - 不動産売買仲介営業のブログ

千葉県柏市在住、埼玉県越谷市勤務。56歳の営業マンが、日常や業務について綴ります。

【株式会社北辰商事】
埼玉県越谷市新越谷2-12-9 ポルトゥーナE号室
TEL.048-993-4781

3月4日から、日経新聞の土曜・日曜の紙面が

刷新されました。

 

向かって右が平日、右が土日の一面のレイアウト。

中のレイアウトは特に変化ないですが、

読書欄が日曜から土曜に移りました。

 

大きく変わったのは日曜版ですね。

 

中の16ページ分を、紙も上質なものにして

「NIKKEI The STYLE」と題して別冊のような体裁に

しています。

こうして抜いてみますと、「本紙」のほうは

衆議院議員選挙投票日翌日の月曜日の

朝刊のような薄っぺらさです。

 

もっと薄っぺらいのは「STYLE」です。

セレブ感丸出し。「ゲーテ」みたいにしたいのかな。

百歩譲って扱う題材がセレブ的でもよいですが、

記事の内容がスカスカ。1面広告も多い。

せっかくの白い紙がもったいないです。

同じ社内でもスポーツ欄担当の文章の充実を

見習ってほしい。

日曜の朝に読みたいと思う記事はありませんでした。

 

購読者を意識的に高額所得者に絞ったのかな。

それともデジタル版への移行を促してるのか。

 

偏狭な購読者の、あくまでも個人の感想です笑

 

もう、3月。

他月よりも日数が少ないのと繁忙期とが

合わさって、2月は本当に瞬く間に

過ぎ去ります。

 

昨日はA澤社員の、誕生日と係長への

昇格のWお祝いの会でした。

 

 

26歳。

5年ほど前に、全く異業種から転職

してきたのが昨日のようです。

粘り強く、愚直にお客様と接していく

タイプです。

 

素直で、集中力が素晴らしい。

コツコツと積み上げて、最終的に

社内でいちばん契約率が高い。

 

 

 

成長曲線は緩やかでしたが、

その分、「身のしっかり詰まった」

営業さんになりました。

 

 

と、偉そうに書いていますが、

今の私は平社員。

彼を追いかける立場です。

もう「誠也君」と呼ぶことは

できません。

 

おめでとうございます、係長!

昨日J1が開幕。

そして今日はJ2の開幕と、三浦選手の誕生日。

50歳。先発したようですね。

素晴らしいです。

 

 

 

同時代を生きてきて、

ブラジルからの凱旋からの活躍も、

「ドーハ」やフランス前の落選も

見てきました。

個人的にはクロアチアから帰って

きたあとにプレーも言動もグッと

円熟味が増したように見えた

カズが好きでした。

 

フォトブックでも『Number』でも、

ザグレブでのゴラン・ユーリッチとの

出会いが大きな転機だったと

語っていて、腑に落ちました。

 

私は彼のひとつ歳上になります。

きちんとトレーニングすれば

死ぬまで筋肉はつくという、彼の

トレーナーのコメントに励まされました。

 

全裸を背後から撮影した一枚が

フォトブックに載っていますが、

やっぱり、いいケツしてる笑

マシントレーニングとランニングだけ

ではこうはいかないと思いました。

いまさらスプリント系の練習は

無理ですが。

 

三浦選手の文章は難しい単語は使わず、

スピードに乗ったドリブルのように

とてもリズミカルです。

日経新聞の隔週連載を楽しみにしています。

 

巻末の略年譜を読むと、その「主な作品」の

7割がたは今でもそらで歌える。

 

 

小学生のころ、日曜日は「ミユキ野球教室」→

「君こそスターだ!」→「スター誕生!」→

「NHKのど自慢」か「クイズ ドレミファドン」→

「新婚さんいらっしゃい」→「TVジョッキー」を観る、

というのが昼過ぎまでのお決まりだった。

 

特に「スター誕生!」は、欽ちゃんの司会の

温かさと、審査員の面々の辛辣さのギャップが

大きく、「欽ちゃんはやさしいなあ」と子供心に

思っていた。

 

そこから、山口百恵や伊藤咲子や

岩﨑宏美や新沼謙治やピンクレディが

デビューし、文字通りスターになって

ゆく。

 

挑戦者だったステージ上の彼らを

険しい表情で睨み付け、

特に厳しいコメントをぶつけている

印象があったのが阿久悠さん。

彼が当の番組の企画者だなどと、

田舎の小学生は知る由もなかった。

 

阿久さんは昭和56年(1981年)1月から

平成19年(2007年)7月までの26年7か月、

欠かさず日記を書き続けた。

 

昭和56年というのは、阿久さんが

「スター誕生!」の審査員を辞した年。

また、『瀬戸内野球少年団』で

直木賞候補になった翌年だ。

 

その膨大な記述と史実を重ねて、

昭和から平成を生きた阿久悠の

人生を考察しようという試みです。

 

兵庫県に生まれ、映画好きだった

少年が広告マンを経て

ヒットメーカーへ昇りつめる。

 

「きみの詞は売れないよ、哀しくないもの」

と言われたが、「情に溺れる」詞は

書きたくなかった。

 

「おまえの歌は品がいいね。」

淡路島の巡査だった父のその言葉を、

どんな賞にもまさる勲章として励みに

し、阿久さんは詞を書き続ける。

 

やがて『笑って許して』や『さらば涙と

言おう』や『どうにもとまらない』など、

哀しくない歌が次々とヒットしてゆく。

 

およそ堅気らしくない、白のスーツに

黒いワイシャツというスタイルだった

わけ。

同い年の美空ひばり(ヒット曲がない)、

「スター誕生!」出身の山口百恵

(一曲も提供していない)との奇縁。

 

でも浮き彫りとなるのは芸能界の

華やかさではなく、言葉を紡ぐ者の

産みの苦しみや時代に対する憂慮。

父親への深い思い。

そして病気との闘いだ。

非常に興味深く読みました。

 

本筋にはほとんど関係ないのだが、

1981年1月12日に

「村上春樹を気にしてみよう。」との

記述があり、「おお、さすが、早い」と

思った次第。

 

セブンイレブンで見かけまして、

衝動買いしました。

 

 

クーピーペンシル。小さいです。

セブンとロフトのコラボ商品のようですね。

 

普段、手帳に色を着けたいときは

「マルチ8」(写真左)を使っているのですが、

子供の頃を思い出してクーピーで

塗ってみようかと。

 

 

さすがに鉛筆削りと消しゴムは付いて

おりませんでした。

 

発売された当時は斬新でした。

全部芯。折れない。手が汚れない。

消せる!

小学2年生の私は祖母におねだりしました。

 

のこいのこさんのCMソングも、まだ

耳に残っています。

サクラクーピーペンシル~♪