3月11日に。 | 「不定点観測」 - 不動産売買仲介営業のブログ

「不定点観測」 - 不動産売買仲介営業のブログ

千葉県柏市在住、埼玉県越谷市勤務。56歳の営業マンが、日常や業務について綴ります。

【株式会社北辰商事】
埼玉県越谷市新越谷2-12-9 ポルトゥーナE号室
TEL.048-993-4781

現地販売会の、土曜日の午前中はたいてい暇だ。
7棟の家屋のシャッターを開け、各玄関や駐車スペースの掃き掃除を済ませてしまうと、いつものように私は自宅から持ってきた新聞の書評欄を読み始めた。大きく扱われた新刊本のものよりも、ベタ記事の文庫の紹介文が余程そそる。

中年の女性が自転車でやってきた。
「いらっしゃいませ」私は少し営業用に寄った笑顔で迎える。
「チラシが入ってたんだけど。家の中、見せていただけるかしら?」
「もちろんです。ありがとうございます」昨夜ポスティングした広告だろう。
「ご希望の号棟はございますか?」
「いちばん安いのがいいわ」

私は線路際の6号棟に案内する。
女性は私よりも少し年上、小柄で、50歳後半に見える。薄く化粧して、装飾品は着けていない。黒の厚手のタートルネックにベージュのダウンジャケット、黒のパンツを着こなしている。このあと高島屋にでも行くのかもしれない。

彼女が右足を軽く引きずっているのに気付いた。2階への階段を苦しそうに上っていたので声をかけた。
「膝が痛くて。歳は取りたくないわ。今の新築は手すりが付いてて助かるわ」
「ご家族何名様でお住いの予定ですか?」
「二人よ。29の息子と二人。二人目の旦那の子供」彼女の右の口元が少し上がった。
「逃げられちゃったんですか?」私は一瞬考えたが、思い切って訊いてみた。
「あはは。はっきり言うのね」
「すみません」
「男運がないのよ、私」
「お子様はお一人なのですか?」
「別れた旦那とのあいだに娘が二人いたわ。二人とも片付いてやれやれと思っていたら、嫁いだ先で流されちゃったの。ついでに最初の旦那もね。みんな福島なの。私だけこっちに出てきていて助かったわけ。もうあっちには誰もいない。次女だけ、まだ見つからないんだけどね」

言葉が出てこなかった。

「ごめんなさいね。別の話をしましょう。ウチの子でローン組めるかしら?」
私は息子の職業や勤続年数や年収などを訊き、何種類かのシミュレーションを手書きで作って女性に渡した。
「ありがとう。よくわかったわ。手際がいいわ」
「ぜひ息子さんも連れてまたお出でになってください」
「土曜は、この時間はまだ寝てるの。起きたら話してみるわ。驚くと思うわ。家を買うなんて話、一度もしたことないから。ローン組んでくれるかしら」
彼女は笑って、自転車に乗って帰っていった。来場名簿には良く知っている集合住宅の住所が書かれている。