
春樹さんの文章を読むようになって、 最も影響を受けたのは
マラソンを走るようになったことと、禁煙だ。
春樹さんは筆一本で食っていこうと決心して習志野に引っ込んで、
「羊をめぐる冒険」を書いているときに、煙草をやめジョギングを
始めたと記憶している。
私は20代のころからスポーツクラブに通っていて、(どちらかというと
マニアックに)マシントレーニングとエアロビクスを続けていた。
それでも日に2、3箱のセブンスターは欠かさなかった。
30歳を過ぎた頃、春樹さん関連のメーリングリストで
「館山の『若潮マラソン』に参加して春樹さんに会おう」という企画が
持ち上がり、私も誘われた。
承諾してトレーニングを始めたものの、すぐに喫煙をやめることは
できなかった。あるとき皇居を真剣に3周走ったあとで激しく
嘔吐して、さすがにマズイと思った。
私の禁煙法は、煙草に針で孔を空けて吸うことだ。 どうせやめるなら
最後までセブンスターに拘りたかったから、他の軽いものに変える
のは嫌だった。
最初の1週間は2つ、次の週は4つ、その次は6つと孔を増やしてゆく。
1週間にいちど孔を開けずに吸うのだが、キツくて吸えなくなっている、
という具合だ。そのうち針を刺してまで喫煙するという行為に倦んでくる。
完全に断つまで半年くらいかかったと思う。
結局、『若潮』にはそれ以来ずっと参加している。初めは10人前後
いた仲間も家庭を持ったり遠方に引っ越してしまったりで、今年
参加したのはとうとう私だけになってしまった。
春樹さんには2度ほどお会いした(お見掛けした、と言ったほうが正確か)。
ここ数年は千倉の「バードランド」
を常宿にしてお世話になっている。
素敵なペンションです。
春樹さんもどこかで書いているが、オーナーはかなりのオーディオ・マニアだ。
リビングにはJBL4344がどーんと据えられている。猫のテラくんがかわいい。
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禁煙には後日談がある。
私が生まれた町の秋祭りでは、「年番」といって、6つの地区(子供の頃は
差別用語とは全く違う意味で「部落」と呼んでいたものだ)が毎年持ち回りで
町でいちばん大きな神輿を担ぐ。男たちは自分たちの「年番」がやって
くるまで6年待つわけだ。
すっかり吸わなくなって3年ほど経った秋に、私たちの地区に順番が
回ってきた。町を離れて暮らす人々も、このときを楽しみに戻ってくる。
さんざん町を練り歩き、2日目の夜遅くに神社に神輿を返す。
4歳下の弟と家へ急いだ。彼と並んで歩くなんて小学生の時以来だ。
星の綺麗な夜だ。虫の音が聞こえる。振舞われた酒と祭りのあとの
余韻に、二人とも幾らか酔っている。昔話に花が咲く。
弟がセブンスターをくわえた。暗闇にライターの炎が浮かぶ。
私も無性に吸いたくなって、1本もらった。さぞかし美味いだろうと
思ったのだ。陳腐なセンチメンタリズム。
でも、その煙草はすごく不味かった。
それ以来、煙草には100%興味を失った。