〓筑波書房 書評情報〓(日本農業新聞 2023年7月9日号 書評欄に載りました)『有機酪農確立への道程』荒木 和秋 編著  税込価格 2,420円+税→(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784811906478)
【書評内容】[石川大輔(北海道支所)評]
 政府は「みどりの食料システム戦略」で有機農業の大幅な拡大を掲げるが、耕種分野に比べ、酪農・畜産分野の難易度は高い。なぜなら有機飼料(有機栽培された飼料)の確保から始めなければならないからだ。有機飼料は輸入も可能だが、国産化に取り組んで生産基盤の活用につなげよう―これが本書の根底にある主張だ。
 取り上げるのは、日本で最初に有機牛乳の産地化に成功した、北海道津別町の酪農家らの軌跡。酪農家や関係者自身が執筆した貴重な証言を収録する。取り組みを最初にけん引した酪農家は「どうもがいても沢地帯の地区が平坦で大規模な十勝に勝てる訳がなく」と昔を振り返る。同町は中山間地で、普通思い浮かべる草地がふんだんある北海道酪農とは少し違う。一種のハンディが、有機農業にチャレンジする動機になったことをうかがわせる。その後、有機栽培の飼料用トウモロコシを、当初のほぼ収穫できない状態から慣行栽培以上にまで引き上げ、揺るぎない生産体制を構築していく。
 さまざまな支援者も当時の様子を書く。JAは有機生乳を運ぶトラック輸送や運転手の確保といった新たな集送乳体制の構築に奔走。乳業メーカーは酪農家が再生可能となるよう、熟考の末に高めの乳価を設定した。当時のJA職員は乳価交渉の様子を「提案された乳価を受け、他の会員が待つ別室で協議を幾度となく繰り返した」と描く。当事者だけが知る緊迫した駆け引きが伝わってくる。
 ドラマだけでなく実用的な情報を多く収録しているのも本書の良さだ。飼料用トウモロコシを有機栽培する革新技術の一つ、いわゆるカルチ作業を機械と畑の写真を使って解説。酪農家の収支も実際のデータとともに分析している。
 有機農業を100万㌶に拡大するとした政府目標を本当にできるのかと思ってい農家は多い。それをどう可能にするか、本書は一つの成功例を紹介する。酪農関係者はもちろん、有機農業に監視を持つ人にも薦めたい一冊だ。