この夏で、彼女は廃品回収される。
こんなにも愛おしいのに残り一日の命だ。いや、命という概念があるのかわからない。だって、彼女は。
「おかえり、リサちゃん」
この夏で、アンドロイドは廃品回収される。
「おはよう、リサちゃん。今日、お仕事は?」
寝苦しさでほんの少し意識が浮上すると、傍から優しい声が聞こえた。“いつも通り”の朝。私はアクビを噛み殺して、いつも通り答える。
「今日はお休みなの。お休みにしてもらったから」
「そうなの?朝ごはんは食べる?まだ寝る?」
「うーん、寝たい、けど……。起きようかな。食べる」
「わかった。じゃあテキトーに作っちゃうね」
キッチンに向かう足音を聞きながら、眠たい瞼をそのまま下ろして光を遮断する。外から聞こえる蝉の声が更に大きくなったような気がした。私はぼんやりとさっきまで見ていた夢を思い出して、そのまま夢の中に潜り込む。
彼女と旅行に行く夢だった。ずっと行きたいねって言ってた大きな水族館。一度は見てみたいと話した観光名所。話題になってた美味しいお店。色彩豊かな景色が、私達の周りを転々と彩っていく。
途中、懐かしい場所にも辿り着いた。自転車で登るとめちゃくちゃ疲れてヘトヘトになる、私の地元にある丘だ。いつか連れていきたいとよく言っていた場所。
「どう?言ってた通り景色綺麗でしょ」
「うん。リサちゃんはここで育ったんだね……」
「そうだよ。ここで家族と初日の出も見たんだ」
「へぇ……」
チラッと見た彼女の横顔が、とても感動しているように見えて、私は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
やっと、やっと来れた。ずっと連れていきたかった場所。このあとは家の近くにある商店街や、バスに乗って町一番のショッピングモールでお買い物もいいかもしれない。それで、夜は我が家で焼肉とかしよう。そのあとに口直しってことでアイスも食べちゃおう。夜更かしして、次の日は昼まで寝ちゃってさ。
「……」
蝉時雨が、止んでいた。
目が覚めると暗い部屋が視界に入る。寝すぎたからか少し痛い体を起こせば、はらりと毛布が肩から落ちた。慌てて彼女を探すと、部屋の隅に座って寝ている。ほっと一息ついたのと同時に、もう夜なんだと理解した。
ゆっくり立ち上がれば、ラップに包まれた食事がテーブルに置かれており、胸がぎゅっと締め付けられる。
最近上手くご飯を食べれられない私を気遣ったのか、私の好きなメニューばかりだ。
そして、何より。彼女の食事である、こんぺいとうが入った瓶が空になっていることに気づいた。途端、もうしばらく出ないと思っていた涙が溢れ出す。やっぱりダメだった。堪えられなかった。
彼女は明日も生きようとしている。何も知らず、いつも通り生きようとしている。私にはそれを止める権利も、肯定する権利もない。偉い人が決めた事に、平民は逆らえないから。
ただ、君が遠くで死ぬのを待っている、残酷な人間だ。
バカだ。この世界はバカだ。この世界で生きてる人間みんなバカ。私もバカ。本当につまらなくて、惨めで、どうしようもないのに、生きることをやめられずに、ただのうのうと生きている。都合のいい思考と行動で出来ていて、誰かを本当に愛することも、誰かの為に何かを成し遂げることも出来ない、愚かな人間。
あなたが死ぬのに、私は生きていく。そんな日々を許せるだろうか?
フラフラと彼女に近づいて、傍に座り込んだ。そっと触れた指は、冷たい。
あぁもう、動く気力がどこにもないよ。私も一緒に、回収してくれたらいいのに。あなたと私、一体何が違うんだろうね。
そんな事を思いながら目を瞑ると、大粒の涙が頬を伝った。
一緒に寝よう。それで、また一緒の夢を見よう。昼まで寝て、それから……。
もう朧気な夢を思い出しながら、私はずっと、彼女の隣で目を瞑っていた。