月が綺麗だった。月が綺麗だった。月が綺麗だった。月が綺麗だった。月が綺麗だった。月が綺麗だった。月が綺麗だった。月が綺麗だった。月が綺麗だった。月が綺麗だった。

 それだけでよかった。私達の間に言葉なんていらなかった。嘘。本当は欲しかった。でも見つからなかった。
 肌を刺すような風だけが我儘に走り回っていた。寒くて手が震えるのを感じた。鼻水だって垂れてきた。
 どうしようもないこの時間を、終わらせたくはなかった。

 嘘。本当は。

「もう、やめて」

 発した言葉さえ、凍ってしまうような温度だった。君の瞳がランタンみたいに揺れて、私を映さなくなる。私も自分の言葉が何度も脳内で警報のように鳴り響いて、頭が痛い。
 でもさ、たった一言で揺れてしまうくらいの関係なら、終わった方がいいと思うんだ。

「ついてこないで。もうすぐ《お母さん》が来ちゃうから。お願い。言うこと聞いて」
「……ヤダ、って言ったら?」

 そんなか細い、今にも泣きそうな声で言われたって、縋れないでしょう。

「ダメ。今夜は新月だから時間がないの。はやく館に戻って」
「でも、そしたら、クイナはどうなっちゃうの」
「どうもならないよ」
「ならヒバリも行くよ」
「ダメ。お願いだから今すぐに戻って。……そもそもなんでついてきちゃったの」
「クイナが部屋を出る音が聞こえたから。ねぇ、どこに行くの?お庭?」
「……遠いところ」
「遠いところ?それってヒバリも行けるところ?みんなも行ける?」
「行けない。私しか行けないところ。永遠の場所に私は行くから」
「永遠なんてないのに?」 

 息が詰まった拍子に吸い込んだ空気が肺の奥まで届いて冷たかった。お腹か胸か、体のどこかがぎゅっと抓られたみたいな痛みに襲われた。寒いのに、耳だけがじゅっと燃えたように熱くてたまらない。段々と視界がぼんやりボヤけて、ひんやりして、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 上手く言葉が出てこなかった。

「永遠なんてないよ」

 はっきりともう一度、同じことを繰り返し言った君の瞳が見れなかった。単純に怖かった。

「だからヒバリ達は生きてるんだよ。何百年も、何千年も、一緒に生きよう?みんなとなら寂しくないよ。一人がいいなら、うーん……、一人になったらいいと思うけど、ヒバリだけはたまに傍にいさせてほしいな。クイナのお話聞くの好きだから」

 一歩、縮められた距離に思わずこちらも下がってしまう。それでももう一歩、二歩と近づいてきた足は、嫌でも自分の足先と優しくぶつかった。
 ポケットに入れていた手が腕ごと掴まれて外気に触れる。それを更に冷たい手で包まれて、ようやくヒバリとしっかり目を合わせた。赤い、燃えるような目だった。

 ヒバリはいつだって、その瞳に温もりを宿していた。

「ヒバリを置いていかないで。ずっと、傍にいて」

 ヒバリはいつだって、私にそう言い続けた。

「お願い。ヒバリから離れないで」

 それはまるで呪いだった。

 ヒバリ、ヒバリ、ヒバリ、ヒバリ、ヒバリ、ヒバリ、ヒバリ。
 脳みそ全部がヒバリで埋まっていく。細胞から、血から、全部、全部、ヒバリで埋まっていく。

「いつもみたいに話してよ。ヒバリは何も知らないねって笑って。本当にヒバリはなんにも知らないからさ。ね?だから、クイナに教えてもらいたいんだ。クイナじゃないと嫌だよ」
「あ……」
「ほら、寒いから部屋に戻ろう。もしお母さんに見つかっちゃっても、ヒバリのせいにしていいよ。ヒバリがまたワガママ言ったってことにしよう。あ、お昼にお菓子多めに食べちゃったのも謝るからさ……」
「……お菓子、多めに食べたの?」
「一個だけだよ!それに余ってたやつだもん。余るくらいならヒバリが食べた方がいいかな〜って」
「余ったらお母さんの分になるんだよ、あれ」
「え!そうなの?うわぁ、やっぱりお母さんに謝らなきゃ……」

 握られた手は、冷たい同士のまんまだった。この場所では、体温を分かち合うことすら出来ない。
 甘えるみたいにヒバリの肩に額を寄せて、すん、と息を吸うと、冷たい空気に混ざって太陽の匂いがする。

 あぁ、ずっと、ずっと。永遠にこうしていたいな。
 ねぇヒバリ。私はどうしたらヒバリを守れるんだろう。このまま傍にいたかったよ。

「……ごめん」

 聞こえるかわからないくらいの声で呟いて、小さく一歩離れた。するりと解けた手はあっけなくて、目を丸くしたヒバリが真っ直ぐ私を射抜く。
 そしてヒバリが口を開いて何かを言おうとした瞬間、私は目の前の肩を思いっきり押した。後ろにぐらついたヒバリを最後に目に焼き付けて、「さようなら」と口の形だけで伝える。
 言葉には、出来なかった。
 そのままヒバリを背にして私は走った。

 物語は、何かが欠けた状態で始まるから面白いんだって本に書いてた。感情とか、家族とか、夢とか、そういう欠けたものを探すストーリーが面白いんだって。
 満たされた人間の話なんて面白くないんだよ。だから私はヒバリという宝物が欠けた状態で物語を始めなきゃいけないの。

 ……月が綺麗だね、ヒバリ。

 またいつか探しにくるから。
 それまでは夜空に隠れていて。