ずっと、心が悲鳴をあげていた。
 ずっと、逃げ方を探していた。
 生まれた時から『あなたは神の使いとして生きていく』と言われ続けてきた。十二歳になるまでに神の声を聞き、儀式を成功させねばならないと言われ続けてきた。その為に何度も何度も神に祈り、心身を捧げてきた。
 その結果に得たものは、なんだったんだろう。
 十二歳の儀式の日、いくら祈れど神の声など聞こえなかった。けれど、私は『偶然』神の使いになってしまったのだ。

「私は、ただの運がいい一人の人間だったのです」

 一人の少女が俯きながらぽつりぽつりと話します。それを他の三人はただ黙って、耳をすませて聞いていました。

 本当にあの日、たまたま大雨が降っていた空が晴れた。たったそれだけで私は神の使いとして生きることが決まってしまった。私も私で神の使いとして生きる以外の方法を何も知らなくて、生きていくためにと嘘をついた。
「神はシーラ村を祝福しています」
 これが、私がついた初めての嘘だった。
 それからの生活と言えば、村の誰かの悩みを聞いては祈って、神の声が聞こえない事を確認してから、村の誰かにそれらしい事を言う。そして、叶えば神の御加護。叶わなければ神の試練。そんな都合のいいルールと共に生きていた。なるべく笑顔で。なるべく優しく。丁寧に。それらも必須だった。

 いつの日か集会所の近くを通りかかった時、中から警備隊の人たちの話し声が聞こえた。
「アン様ってほんとに神の声聞こえんのかなぁ」
「不敬だぞ!口を慎め!」
 ピタ、と止まった足をまた動かして教会に行く。教会には誰もいなくて、内陣に跪いて両手を胸の前で組み、意識をすぅっと真っ白な部屋に持っていった。
 そこはいつも心を落ち着かせる為に想像する場所であり、私を戒める牢屋でもあった。

 神様。本当にいるのなら一番の罰当たりは私なのでしょう。あなたの名を借りて勝手に色んなことを伝えているのです。これが良くないことだとわかっている。嘘は罪だということもわかっている。けれど、方法が見つからないのです。私が神の使いである理由も、そうじゃない理由も、もうわからないのです。
 どうして神様は、私に運を与えたのでしょう。私はこんなに悪い事をしているのに、どうして恵みを与えてくださるのでしょう。
 神様。本当にいるのなら、どうかシーラ村を助けてはくださいませんか。私にだけではなく、この村にも運を与えてはくださらないでしょうか。このままだと村が滅んでしまいそうなのです。だから、どうか。

 ゆっくり目を開けると、そこにはいつもと変わらない色鮮やかな光が落ちていた。この光は好きではなかった。なんとなく、自分が後ろめたく思えたから。
「アン様!」
 振り向くと、いつの間にかタンタがいた。この少年は気づいたら私の傍にいて、なぜか私にすごく懐いていた。その無垢な姿は、私を酷く癒してくれていた。
「どこに行ってるのか探したんだからな〜!もう、一声かけてくれよ〜……」
「すいません……。今回はすぐに用事が済んだので、もう戻ろうかなと……」
「まぁ見つかったからいいけどさ!近頃怪物の噂が本物っぽくなって来たから気をつけてくれよな」

 怪物。
 マニ洞窟で現れる怪物は人間に出会うとたちまち飲み込み、その人間すら怪物にしてしまうらしい。最初はどこかの物語かと思っていた。けれど一人犠牲になり、また一人と犠牲になれば現実だと思わざるを得ない。
 ……もし、怪物と私が出会ったら。その時は、運すらも負けてしまうのだろうか。それともまた奇妙な運で助かるのだろうか。なんとなくだけど後者な気がしていて。
 もしかしたら神様はこれこそを罰だとしているのだろうか?だとしたら、それはなんて苦しく、私の為の罰なのだろう。

 ずっと、心が悲鳴をあげていた。
 ずっと、逃げ方を探していた。
 皮肉にも神から愛された私は、中途半端な命をぶら下げて生きていた。

「タンタ」
「なんだ?」
「もし強い力を得れたなら、タンタはどうしますか?」
「えぇ、うーん……。そうだな、今だったらとりあえずマニ洞窟に行って怪物やっつけるかな!」
「……怖くないのですか?」
「怖いけど、でも周りの人が傷つく方が怖いから!」

 噂。
 マニ洞窟に生贄を捧げれば事態は収まると誰かが話していた。その話がどこまで本当なのかはわからない。けれど、こんな私の存在にちゃんとした意味が生まれるのなら。
 今度は私自身の力で、村を守ってみたい。例えそれが己の身を犠牲にしたとしても、私からしたら最高の逃げ道だから、大丈夫。
 村の為に、……私の為に、私は死ぬの。
 それはなんと甘美な終わりなのだろう。なんと残酷な終わりなのだろう。

「そう……ですよね。強い力があるのなら、守らなくては」

 あぁ、神様!
 あなたの手の平の上で私は華麗に舞い踊ってみせましょう!あなたの名前をただ借りて、空虚な神の使いでいる事は終わり。私は私の為に、私利私欲の為に、行動を起こすのです。この村すらを出て、私は真実を突き止めるのです。
 すべてを理解しなければ、納得できないから。どうせ贄になるのならば、最後にそれくらいの探究心は良いでしょう?

 真実を知って、そうして私は本当の神の使いになれるの。