細い道を進んでいくとまた大きな洞穴に着きました。しかし先程の洞穴とは違い、どこか薄暗く何か黒いモヤに満ちています。タンタは自分から絶対離れないように皆に言うと、洞穴の奥を注視しました。
「……何かいる」
 そう低く呟いたタンタの声が響いたのとほぼ同時に、奥から大きな黒い怪物が蠢きながらこちらにやってきます。タンタはぐっと腰を低くするとポーチから銃を取り出し構えました。怪物はのそりのそりと速いスピードではないもののこちらに向かっていて、タンタは必死に頭を働かせます。
 残り三人を守る為に、今自分が出来る最善策を。
 考えるや直ぐにタンタは走り出し、途中で怪物に狙いを定めて弾丸を打ち込みました。怪物は撃たれると少し形を変えてタンタの方に移動先を変えます。それを確認してから三人の方に向かって叫びました。
「隠れろ!」
 その声がきちんと届いたのかまではわからないまま、また怪物と距離を取っては銃を撃ちます。慣れない銃は時折的を外すだけでなく、上手くリロードも出来ない為、苦戦を強いられていました。
 それでも何発か当たると怪物は苦しんでるように蠢き、やがて動かなくなると霧のように消えていきました。タンタは安堵からガクッと膝をついて大きく息をつきます。
「タンタ!後ろに……!」
 しかし安心したのもつかの間、アンの叫びでタンタがハッと後ろを向くとまた黒い怪物がいたのです。その怪物は大きくはなかったものの、タンタの右腕に黒いモヤが移るのがわかりました。慌ててタンタは距離を取るものの、右腕がじんわりと熱を持っていく感覚に動揺してしまいます。怪物はなぜかタンタをすり抜けて洞穴の入口にいる三人に移動していきました。タンタはなんとかまた銃を構え、怪物に狙いを定めます。
 俺は守らなきゃいけないんだ。それが俺の存在意義なんだ。
 妙にクリアになっていく頭のまま、銃のトリガーを引きました。弾丸は綺麗に怪物を貫き、怪物は蠢きながら霧のように消えていきます。それからタンタは、ドサリとその場に倒れ込みました。
「タンタ!」
 アンはタンタに駆け寄るものの、タンタを包む黒いモヤが右腕から体全体にまで広がっている為触れることができません。タンタはかろうじて目を開けると苦しそうに息を吐きました。
「アン、様……」
「タンタ、タンタ……!」
 このままだとタンタも怪物になってしまう。
 そんな恐怖をなんとか打ち消してアンは胸の前で手を組みます。そして目を瞑り神に祈りを捧げました。

 神よ、どうかタンタを救ってください。お願いですから。

 強く、強く祈ります。しかし、目を開けてもタンタは黒いモヤに包まれたままでした。たらりと汗がアンの顔を伝い、組んだ手が込めすぎた力で赤くなっていきます。
「嫌……、助けて……!タンタ……!」
 どんどんとモヤに包まれていくタンタを見る事に耐えきれなくなったアンは手を解き、なりふり構わずタンタに触れようとしました。
「あー、触らないでいいよ〜」
 その時、カラリとした声が響きました。アンがハッと振り向くと、そこには気まずそうに笑うリロがいました。リロはアンの横にしゃがむと躊躇いなくタンタの肩に触れます。するとどうでしょう。タンタを包んでいた黒いモヤは段々と霧のように消えていったのです。更に、苦しそうにしていたタンタの表情も和らぎ、みるみる生気を取り戻していきました。
 アンはパチリと目を開けたタンタに気づくと体を起こすのを手伝います。
「あ……、あれ、俺、生きてる……」
「タンタ……!よかった……!」
「なんで……黒いモヤに触れたのに……。アン様の、おかげか……?」
 何も言わないアンを、タンタは未だ少しぼやける視界で眺めます。
 あぁ、生きていてよかった。
 そう思えば思うほど、目の前のアンという存在になんとも言えない感情がフツフツと湧き上がりました。だから、タンタは贖罪のような気持ちで言葉を紡ぎます。
「アン様、本当は俺が神の使いになるはずだったんだ。なのに、俺が、ダメで、だから……アン様が次の年に儀式を受けなきゃいけなくなったんだ……。でもアン様が本当の神の使いって知って……、俺の生き方を受け止めてくれて……。俺はすごく救われた……」
 水滴のように少しずつ零れていく言葉は、タンタの胸をなんとも言えない気持ちで満たして。
「アン様、ありがとう……。ありがとうございます……。俺まだ弱いけど、これからも頑張るから……」
 柔く笑ったタンタは、そっとアンの手を握りました。アンの手はこれ以上ないくらい熱く、顔色を伺うと、それはもう今すぐ泣いてしまいそうな表情でした。「泣かないで」と言って笑おうとして、強く握り返された手の異常さに全てが引っ込みます。ハッともう一度アンを見ると、その顔は苦しそうに歪んでいたのでした。